聞く子の約束
第17章 キクちゃんて一体
キクちゃんという人は本当に不思議で、恋人でもなく、友達でもなく。でもこの当時、一番近しい人物の一人だった。
笑顔の魅力はかなりの魔法だが、すごく美人という訳でもない。髪は肩に付く程度の長さ、やや茶色いが染めているのではなさそう。肌はそれほど色白ではないが、職場でスーツ姿の時は白く、遊びに行く時は濃い目の化粧をする。どっちの時も、可愛いことは間違いないが、おぼこいのでセクシーさはあまり無い。
僕は容姿に惹かれて近寄っているだけではなかった。彼女の存在自体に安心感があった。
キャンパス内では決して近づかないが、外で二人きりの時はキクちゃんからくっ付いてくる。でも僕からは決して近づかない。これが暗黙のルールになっていた。
彼女とは手をつなぐということはまずないが、店に入る瞬間や階段を上り下りする時だけは、腕を軽く組むのが普通だった。でも隣に立ったり、飲み屋で座っている時は、体が触れていることも多い。彼女は僕の背中の右脇辺りにピタッと付いて立ったり、完全に僕の右肩にもたれてやや横向きに座ることも多かった。そんな状態で、彼女が笑顔で見上げる雰囲気は、男女の意識も多少あったはず。でも僕は常に彼女が満足するように、引き立て役としての立居振る舞いに終始していたと思う。
このことで僕は、女性からのボディタッチには自制心が鍛えられ、ちょっとやそっとの誘惑には動じないようになっていると、社会人になってから気付いた。
大学時代に付き合った彼女は、三人いる。他にも色々と味見程度に付き合うことはあっても、続く関係ではなかった。そんなことは絶対の秘密事項であるが、それらはキクちゃんには全部報告していた。
聞き上手のキクちゃんは、僕に抵抗無く話させるのがうまい。いやな顔一つせず、楽しそうに聞いてくれるので、全部話してしまう。逆に大人のアドバイスは、役に立つ。
「こうした方がよかったのに」とか、「それはやめておき」
などの言葉は参考にした。
自分が完璧と思えるデート計画でも、予定どおりには行かないこともあるし、
「スケジュールどおりに動いていると、逆に白けてしまう」
という意見はなんとなく意味が分かったけど、しっかり予定を立てていたことの方を、喜んでもらえるのではないかという期待は、大人には通用しなかった。