聞く子の約束
キクちゃんが謝るのは珍しい事で、しかもこんな年下の僕に、反省して自分から謝りに来るというのは、相当の決意があってのことだったろう。やはり全部言わせるべきではないと考えて、
「そんなの別に気にしてないですよ。なのに押し倒そうとしたりして、あの日は僕の方こそ、ごめんなさい」
と手を合わせて謝った。お互いに苦笑い。それからキクちゃんも、
「すごく気を使ってくれてたのに、いやな思いさせてごめんね」
まだ、キクちゃんはうつむいたままだった。
「でも僕、あの人たちに結構我慢して頑張ってたでしょ(笑)」
「(笑)うん・・・本当に・・・」
そして僕を見て、
「ごめんちゃい」
と、瞳をウルウル、可愛い子ぶって謝った。
この言葉は彼女の一生分の気持ちに感じ、また手を握りたい衝動に駆られたけど、それはできなかった。
その後二人で歩いてロビーを出たら、篤志が待っていたのでその話は終わり。後で篤志からはしつこく突っ込まれて、
「駆け落ちする事になった」
と茶化しておいた。
これ以降キクちゃんは、僕を子供扱いするようなことが無くなった。僕たちはキャンパス内でも自然に接するようになり、お互いにタメ口で話し、二人の仲を無理に隠すようなこともしなくなった。友人たちも、(何かあったに違いない)と思い始めていただろうが、僕は彼女の部屋に行ったことだけは、絶対に喋らなかった。
「元々、年上過ぎるので、恋愛対象には思われてないよ」
と言うことを強調しておいて、僕は今までどおり、キクちゃんを遠くから眺めていることのほうが多かった。
僕から近寄っていくと友人たちは変に思うが、キクちゃんから近寄ってきても不自然には見えなかったので、むしろそういう時は友人たちもノリノリで話に入ってくるなどして、全体を巻き込んだカムフラージュになり、交際相手にも変に情報は伝わらなかったようだ。
それからまた別の機会に、大荒れの飲み会の時のお姉さん方が、僕のことを気に入ってくれていたことを聞いた。
「また、呼び出して飲もう」
と言われていたそうだが、僕は、
「もう勘弁してください」
と断った。