聞く子の約束
「でもこの部屋には、全然男っ気ないですよね」
「入れないように、気を付けてるもん」
真顔で言ったので、嘘だなと思った。
「なのに、僕を入れてくれたのは、どうして?」
「・・・・・・いいかな?・・・と思って」
来たーーーーー(確信)意外にあっさり。
「いいかな? て事は、いぃ・・・」
すごく興奮した。いつもと違い、顔の血液が沸騰するような感覚だった。
僕自身に照れがあり、ちょっとおどけたように膝を伸ばしたまま足を大股に開いて、彼女の身長に合わせて姿勢を下げて抱き寄せた。僕の腕の中にすっぽり収まる小さな体だった。
『ついに』という思いで、じっとこの瞬間を噛み締めた。
・(1秒)
・(2秒)
・(3秒)
・(4秒)
・(5秒)
・
そして、さらに強く抱き締めようと、もぞもぞ動くと、キクちゃんは、
「だめよ・・・・・・」
と困った目をして、僕を見つめながら押し返した。
その時僕は変な姿勢をしていたので、後ろに倒れそうになった。もういけると思った後の出来事だったのと、酔っ払っていたので、それは格好悪い体勢でよろめき、唖然とした表情になっていただろう。
「ええー。そういう雰囲気じゃなかったの? もう戦闘体制入ってたのに・・・」
兎に角バツが悪いので、無意味に喋り続けて恥ずかしかった。キクちゃんも焦っている表情だったけど、その雰囲気に口元は笑っていた。
そういう事では無かったのなら、なぜ部屋に入れてくれたのか理由が付かなかったけど、これ以上攻め込む事はできないので、素直に、
「ごめんなさい」
と言うしかなかった。
(あぁ・・・やってしまった)
僕は後悔した。
キッチンを追い出され、コタツに戻った僕は、心臓がドキドキしているのを感じた。逃げ出したい気分だった。彼女もこの状況をどうしようかと考えているようだった。
その後、ちょっと気まずく照れながら、二人で一つのラーメンを別々のお箸で食べた。別々のお箸を使ったことに、距離を感じた。同じスプーンでアイスを食べても抵抗ない仲だったのに。
長い間保っていた距離を縮めようなどと考えたのは、血迷いだったことは間違いない。しかし、この時を何も無いままでやり過ごすことのほうが、よっぽど不自然ではなかったろうか。キクちゃんの言いなりのペットは、飼いならされてはいるものの、本当は野獣なんですよ。