聞く子の約束
女子学生の部屋は大抵ちらかっていて、簡単に男の痕跡を発見できる。箸が二組あるとか、男物の雑誌があるとか。そういう部屋のソファにはあの時のしみがある。
しかしキクちゃんの部屋は、学生のワンルームとは違って広かったので、見渡しても物が溢れているということはなく、よく整頓されたきれいな部屋だった。男の痕跡も見当たらない。僕はキクちゃんに今、彼氏はいないのかもしれないと思ったくらいだ。
暫くすると、キクちゃんがパジャマやジャージではなく、普段着のような格好でリビングに戻ってきた。本当のキクちゃんは、だらしなさを見せない人だ。でも、今夜のキクちゃんは何かおかしかった。
落ち着く時間が取れたので、着替えると急にリラックスしたような感じになり、いつもどおりの口調で話し始めた。
「ヒロ君、寒くない? 何か飲む?」
「ううん。大丈夫です。でも今日は疲れちゃった」
僕は店でひどい扱いを受けた事は、気にしていないように振舞った。
「ごめんね。こんなに遅くなっちゃって」
きっと友達には僕のことを、何でも言う事を聞く若いペットとして自慢したかったのだと思うけど、ちょっと大げさに話していたのかもしれない。それにあのお姉さんたちが、普段付き合っている年上の男性とは違い、僕のような若年者に対してだから、遠慮のない舐めたような言動だったのだろうと理解している。
「面白かったですよ。友達に紹介してくれて嬉しかったし」
普段から一度もキクちゃんには腹が立つようなことをされたことが無かったし、あのような状況になって、きっと彼女も申し訳なく思っているに違いなかった。その事には彼女も触れてほしくなかったと思う。
「でも、キクちゃんの友達って、結構豪快な人多いですね」
どのお姉さんが面白い人だったとか、あの人はエロそうだとか、差しさわりのない内容でお喋りした。手をつないでくれた事も、「あーん」してくれた事なども、敢えて触れなかった。
少し小腹が空いて来たので、キクちゃんが、
「インスタントラーメンを食べよう」
と言った。もう、真夜中を過ぎている。明日は授業もある。二人ともかなり酔っ払っていた。でも、そんな事はどうでもいい状況だった。
ガードが固かったこの場所に、初めて入れてもらえたということは、今夜はこのまま帰すのは悪いという、彼女なりのお詫びの気持ちもあり、心を惑わす酔いもあり、僕にとっては正に、勝負の時間だった。