かいなに擁かれて 第三章
少しだけひとよりも容姿が良かった魅華は彼を引き立てるためのアクセサリーのひとつでしかなかった。
ライブで食べて行けるなんてとんでもなかった。そんな実力も技量も彼には無かった。
親元からの支援があるからこそ成り立った生活だった。
ささやかでいい。魅華は、華やかな生活なんて望んでいなかった。ふたりで向き合いながら暖かくなりたかった。だけど――叶わなかった。
義父が健在な間はそんな彼に誰ひとり何も言わなかったし、生活も変わらなかった。
けれど突然に義父が倒れ、病院の一切を長男が跡を継ぐことになってからは、全てが変わった。彼ひとりの力ではライブは愚か毎月の食費でさえまま成らない。
これまでの目に余るほど奔放に振舞ってきた彼に、ふたりの兄は一切の支援を拒んだ。
義母に兄達を説得する術はなかった。
住居は結婚したときに買い与えられたマンションだったからすぐに生活の場所を失うことはなかった。だけど、維持してゆけるのは時間の問題でしかなかった。
魅華は子供向けのピアノ教室に通いはじめた。教室のレッスンが空いた日には、個人宅のレッスンにも訪問しながら自分たちの生活を成り立たせようと頑張った。
そんな魅華を横目で見ながら、徹は荒れていった。
荒れる以外に彼には術がなかったのだろう。
ある日の夕方、魅華は訪問レッスンを終えて部屋に帰った。
リビングに入ると――、スタインウェイの周りに、握り潰したビールの空き缶が散乱している。
その前に立ちながら魅華は、じっとそれを見つめていた。
(泣いている。スタインウェイが)
立っていることが堪らなく苦しくなったから、その場に膝を折った。それを拾い集めようとしたけれど、目が滲んでうまく拾えなかった。
ふと気がつけば、彼の気配を背で感じた。
彼は魅華の腕を引っ張って寝室へ連れてゆこうとした。
腕を引き返そうとした瞬間に彼の手拳が飛んだ。次の瞬間、鉄の味がした。
あとは真白になっていた。
真白な世界の中で、黒い影が荒い息を放ちながら魅華に覆い被さり蠢いていた。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
彼は云った。
作品名:かいなに擁かれて 第三章 作家名:ヒロ