かいなに擁かれて 第三章
大学院に進んで間もなく、徹と知り合った。彼はもうずっと前からワタシを知っていたという。専攻は違ったが入学間もない頃からだという。半ば彼の強引なアプローチに押し切られて気がつけば同棲していた。
彼の大学への進学は趣味の延長でしかなかった。
『ビッグなアーティストになって世間をあっと言わせてやるんだ。オレは売れるさ。音大卒はそのためのひとつの看板さ。クラシックなんて窮屈で出来るかよ』
開業医の三男だった。
自分勝手で強引で、何時も夢だけを追いかけている男だった。
だけど魅華が沈んでいる時には絶妙なタイミングで優しくしてくれる。
その頃、彼はライブコンサートを何度も開催した。
会場の選定や手配も機材の準備もステージ衣装やチケットにポスター、コンサートの進行演出、そのどれをとってもプロのアーティストのそれに引けを取らない凝りようだった。
大手プロダクションに幾度もデモを送りつけたりしていた。そんな資金は全て親元から出ていた。
お遊びだ――。
彼はただ自分の夢に酔っていただけだ。
自分の夢をあれこれ書き出せば、必要なモノは即座に整えられる。
与えられるのだ。幸せなオトコだ。
彼にとっては、リストアップする作業が彼の努力であり苦労だったのだ。
リストが完成すれば、それが自分の実力であると彼は錯覚していたのだ。
産まれ落ちた環境の違いとはこういうことを言うのかも知れない。
今思えば、本当は不幸なオトコだったのかも知れない。
魅華はそんな彼のリストに書き込まれた中のひとつのモノでしかなかった。
魅華の卒業を待っていたかのように徹はプロポーズした。
徹の両親は反対しなかった。だけど、喜んだとも思えない。
魅華の父は、『そうか、お前も、もうそんな歳頃になったのか』とだけ云った。
母はこの上なく喜んだ。
同棲と結婚。なにが変わるのだろうと思った。
姓が変わり新しい親戚がひとつ増えるだけだ。
それと、これでもう自分の親とは、同じお墓には入れないのだなと。
魅華は思う。ワタシはどうして徹と結婚したのだろう――。
「あ、そうか、徹はワタシが身体を委ねたハジメテのオトコだったから」
もっともっとドラマチックな理由があったとしたら離婚なんてなかったのかも知れない。
結婚してからも、相変わらず彼は夢を見たままだった。
ライブに明け暮れて、まるで魅華は彼の飾りだった。
作品名:かいなに擁かれて 第三章 作家名:ヒロ