風の皇子 タケハヤ その一、旅立ち
そのような理由で楽器による異種族間の交流、意思の伝達という事が一般的であった。この慣わしは現世に至るまで神道の祭祀にも受け継がれているのである。
「よく来たな、白兎(はくと)よ。」
ツクヨミがうれしそうに大兎ののどをなでると、兎は目を細めて、くうくうとのどを鳴らした。この、白兎は、八百万の神の自家用車みたいなもので、当時生き物が住んで居た、「月」の知的生命体である。その移動速度は現代のヘリコプター程度で、八百万の神が各地を視察して巡るのにちょうど良い速度であった。
「では、さらばだ、タケハヤよ!」
こう言ってツクヨミは白兎に乗っていずこかへ飛び去って行った。
「タケハヤ!へましたら、承知せぇへんで!」
そうアマテラスが言ったか言わないかのうちに、彼女の身体は光の粒子となって、大気に溶け込み、かき消えて行った
オラは、まさかこの邂逅が最後の、二人の元気な姿を見るものとなろうとは、想像だにしなかった。
オラは、背伸びひとつしてきびすを返し、旅支度をするために客間を出ようとした、その、時。
オラは、部屋の入り口でへたり込んで震えている、人影を見た。
「うね男!どうしたんだ、こんな所で!」
思わず笑いながら話しかけるオラに、返って来たうね男の言葉は、思いがけないものであった。
「よ、寄るな、化け物!」
「何だってぇ~!?」
うね男は、驚くオラには構わずに、おびえた様子でまくし立てた。
「あの眼、あの髪!あの、妖しげな術の数々!どう考えても、普通じゃねぇ!いくら神サンでも、あげな摩訶不思議な事、出来るわけがねぇ!おめぇら、化け物の一味だべ!おめぇだって、うまく人間らしく化けちゃいるが、一皮むけば、知れたもんじゃねぇ!出てけ、この村から!」
当時、八百万の神は極力地球人自身の進化のさまたげとならぬよう、地球人と接触する時は、その土地の人間に似せた姿かたちで、その時点での人間の脳に理解可能な範囲での科学・精神魔力しか見せなかった。アマテラスやツクヨミがオラたちだけと思い気軽にやっていた変化の術や修復術、高速移動術は、明らかに当時の人間の理解の範疇を超えた術だったのだ。
「うね男・・・。」
うね男は、オラと同年代だということもあって、オラがツガルの里へ腰を落ち着けて以来、ずっと一緒に田畑を耕して来て、一番気心の知れた、いわば親友と呼んでも差し支えないほどの存在だった。
そのうね男がたったこれだけの事で、今までの信頼関係を疑い、化け物呼ばわりするとは思いもよらなかった。
オラはとても腹ふくるる心地がして、思わずしみじみと話していた。
「うね男・・。オラたつを化け物扱いするのは、オラたつだけが傷つけばそれで、いい。だども、うね男、おめぇと同じ、黒い髪、黒い眼の人間でも、腹黒い奴ぁ、たくさん居るど。
見た目がちょっと違っていたって、もっと云えば人間と違う生き物だって、一生けんめい、他の生き物のために生きてる奴もいる。オラは、うね男、おめぇだけでねぇ、おめぇの子供たち、いや、その孫、子の後々の代までもおめぇたち人間のちょっとした思い込みで、白いものを白く、黒いものは黒いとしか判断できねぇ、その考えのゆるさが、何もかも台無しにしてしまうんじゃねぇかって、オラは、その事が悲しいよ・・。」
八百万の神々の伝承記をひも解くと、予言めいた言葉にまま、出会うことがある。それもそのはずで、そもそも、八百万の神とは、未開の惑星を開発させる使命を持った、研究員、科学者の異星人で、開発してきた惑星は数知れない。予言ではなく、進化の初期の段階で、どのような悪の因子が萌芽し、やがてその惑星を亡ぼしていくか、オラのような年若い半神でも、知識として知っていた。この、「差別」「猜疑」という悪は、根強く、じわじわとその惑星を破滅に追い込んでいく、恐ろしいものなのだが・・。現代の地球では、もう、救いようがないほど、蝕まれているようだ。しかし、この場は、現代日本を憂えるための場では、無い。物語に戻るとしよう。
オラが、力なく、その場を立ち去ろうとした、その時。
厳しい表情で、こちらへ向かって来る、ニイガタ翁の姿が目に入った。
オラはうね男と同じく、ニイガタ翁にも化け物扱いされるのかと思って、少し緊張しながら、ただし毅然とした態度でニイガタ翁へ向き合った。
だが、予想に反して、ニイガタ翁が厳しい表情を向けて居たのは、うね男に対してだった。
ニイガタ翁は、うね男を叱り飛ばした。
「うね男!一部始終は、そこで、見ていたダ。おめぇ、タケハヤを化け物扱いする前に、タケハヤに謝るべきねんでねぇか?」
「何でだ?何で、オラが、こんなバケモンに謝らなきゃなんねぇんだ?」
そうヒステリックに言い返すうね男を、気迫で黙らせて、ニイガタ翁は言った。
「おめぇ、タケハヤの姉さまが、人払いをするよう頼んだのを知ってたべ?それが何で、おめぇがこん部屋ん中で起こったことを知ってんだ?おおかた、姉さまの美しさに迷って盗み見でもしてたんだべ!」
「ぐ・・。」
言葉に詰まるうね男に、なおもニイガタ翁は言った。
「それに、何だ!?タケハヤが、バケモンだと!?よっく考えてみれ、バケモンが、おめぇの農作業を、手伝ったりするか!?タケハヤの風の術のおかげで、何度も凶作を免れたことがあったべ!?真冬に、タケハヤが風向きをコントロールしてくれたおかげで、他の村から悪い疫病が入るのを防げたんでねぇか!!バケモンだったら、こんなにわしらの役に立つことをしてくれるワケねぇべ!うね男!おめぇが、悪い!謝れぇ!!」
「ニイガタじいちゃん・・。」
オラは、じんわりしていた。
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古代日本には¨カミナリ親父¨がどこにでもいて、若者が曲がった道へ踏み込もうとすると、そのカミナリで正しいみちしるべを示していた。
今の、日本は、どうだろう。
ニイガタ翁は、オラのほうへ向きなおって、優しい目で言った。
「すまんかったな、タケハヤ。わしらみたいなみちのくで暮らすモンは、閉鎖的になりやすい。ちょっとでも普通の人間と違うヤツが居ると、村八分にしちまうダ。
・・・タケハヤ、おめぇは、こげな小さな村で収まりきる器じゃねぇ!行って来い、タケハヤ。行って、世界を見て来い。おそらく、それがおめぇに課せられた使命なんだべ。」
「じいちゃん・・。」
オラは、胸がいっぱいになって、口ごもった。そして、やおらきっ、と顔を上げ、唇を引き締めて言った。
「分かった!オラ、行って来る!でも、オラのふるさとは、このツガルの郷だから!いつか、必ず、このツガルへ戻って来るから。その時まで、待っててくれ、ニイガタじいちゃん!」
「・・・それに、うね男。」
オラが声をかけると、うね男はびくっと肩を震わせて、そっぽを向いた。
オラは、仕方なしに笑って、きびすを返した。
作品名:風の皇子 タケハヤ その一、旅立ち 作家名:大石 りゅう