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マリオネットの恋

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「ねえ、由美子、何か心配事あるの?」
「どうして?」
「ねえ、由美子、水臭いわよ。私たちは小学校からずっと一緒だった。だから、兄弟よりも深い関係よ。これからもずっと。そうでしょ?」
「そうね。今日、嫌なことがあったの。聞いてくれる」
「何でもオッケーよ。まだ十時よ。明日の朝までたっぷりと時間はあるわ」
「あの教授の奥さんが現れたの。狂っているわ」
「まさか、あの横手教授の奥さん?」
「そうよ」
「でも、由美子もよりによって、あのぐうたらな横手教授に恋するなんて信じられない。確かにお金持ちでハンサムかもしれないけど、口が上手だけで頭の中は空っぽというもっぱらの噂よ」
「寂しさかったのよ。ただそれだけよ」
「」
「寂しければ、誰とでも恋するの?」
「そんなつもりはなかったけど、結果的にそうなってしまった。責めないでよ」と少し涙ぐんだ。
「ねえ、泣いているの?」
「泣かないわよ」と由美子は強がった。
「話が少しずれてしまったわ。で、どうしたの?」
「狂っているの、わたし、とても怖いの」
「危害を加えたの?」
「加えようとした」
「そう。警察に届けなさい。まさか横手教授と関係は続いていないわよね?」
「続いていないわ、それに一緒に寝たのはそんなに多くはない。全てが恭子のせいよ」
「ひどい、どうして私のせいなの?」
「だって、恭子は私が処女であることを馬鹿にしたじゃない」
「いつのこと?」
「二十二歳の夏のことよ」
「二十二歳の夏? 忘れたけど、由美子、本当に処女だったの?」
「知らないわ」と怒り声をあげた。
「それで焦って、あの横手教授と?」
「だって、他の人はみんな恋人が私にはいなかった。とても寂しかった。そんなとき、先生が優しく声をかけてくれて、つい許してしまった」
「由美子はあまりにも美人で頭が良いから、同年齢の男は近寄り難いから、声をかけられない。代わりにくずみたいな横手教授が見境もなく声をかける」
「私が美人?」
「何をとぼけているの。みんな、あなたのことを女神のように崇めていたわ。あなたも知らないわけじゃないでしょう。でも、あの横手教授は、あなたを美しいと一度も口にしたことはなかった。むしろ、眼が大きすぎるとか、鼻の形が悪いとか酷評していた。なぜ、そんな男と?」
「人より少し綺麗かなと思ったことは確かにある。でも、五十歩百歩の世界よ。私って、ずっと昔からそうだけと、誉められるより貶されている方が好きなの。その方が安心できるの。褒められると、それに応えようとするでしょう。そうすると疲れるでしょ。たとえば、美しいと誉められるたら、下手な化粧できないし、ましては化粧しない顔なんて見せられないでしょう。だから、癪に障ったけど、横手教授に少し貶された方が心を穏やかにすることできたの」
電話の向こう側で微かに笑うのが聞こえた。
「何よ」と由美子は少し挑むような口振りで言った。
「何でもないわ。でも、由美子、あなた、まさか今でも横手教授のことが忘れられない?」
「忘れたわ。そのつもりだった。でも、本当のことは分からない。今でも時々、考えることがあるの。あれは一体、何だったのかを。夢なのか、幻なのか。何か突然、吹き寄せた風のように、何の感動も残さなかった」
「初めての時は、誰もそうなのよ」
「でも、忘れた。少なくとも今はそう思っている」
「それなら、良いんだけど。夏になったら、島に行くから案内して」と言い終わると勝手に切った。
「いつも、自分勝手なんだから」と由美子はぶつぶつ文句を言いながら受話器を置いた。

恭子から、二度目の電話が着たとき、大輔君のことを話した。
「彼の視線が妙に気になるの」
「どんな風に?」
「何か訴えるような眼差し……まるで、深い海のような眼でじっと見ているの」
「どうしてあなたをそんな風に見るの?」
「分からないわ」
「そう、でも、由美子は綺麗だから、ひょっとしたら恋をしたのかもしれないわ」
「馬鹿なことを言わないでよ」
「でも、そうでもないわよ。近頃の子供は早熟なのよ」
「恭子、あなたは私を苛めて楽しいの?」
「あなたこそ、どうして現実を直視できないの。その子、きっと由美子のことが好きなのよ」と、恭子はけらけらと笑った。
その時、初めて由美子はからかわれたことに気づいた。由美子はその時、受話器を置いた。
 
恭子との電話の後、妙に大輔の視線が気になった。ふと見ると、じっと自分の方を見ているときがある。それに気づき彼を見ると、なぜか視線を避け、窓の外を見る。そんなことを何度か繰り返すうちに、由美子は本当に大輔が自分を好きになっていると思うようになった。しかし、それが少しも嫌でないことに驚いた。
大輔が熱帯魚を生け捕りにしたので、由美子はその熱帯魚を飼い始めた。部屋の照明を消して、水槽についた明かりに浮かび上がってくる、不思議な熱帯魚の世界を眺めるのが日課となった。そこはまるで宇宙だった。

島で唯一の街らしいところに山本医師は由美子を案内した。山本医師が愛用している古い車で行った。車は何年も前から、エアコンが故障しているらしく、車内は恐ろしく暑い。まるでサウナのようだった。窓を開けても暑い風が飛び込んでくるだけだった。それでも、山本医師は平然と涼しげな顔している。由美子はそこが面白くてずっと山本医師の顔を見ていた。山本医師はまた恐ろしく安全運転に徹していて、車は亀のように鈍かった。そうせいか行き交うひとの一人一人をじっくりと識別できた。行き交うひとはみな、山本医師に挨拶をした。人懐っこい顔で山本医師を見るが、山本医師は余り表情を変えない。ただ軽く挨拶するだけだ。
「暑いわね」と由美子は話しかけた。
「海から少し離れているからな」
島で最も大きい雑貨屋に入った。古い石造りの家だった。そこは六十過ぎの老婆が店を経営していた。
派手な色彩の服を由美子に勧めた。ためらっている由美子を見て、「たまには、そういった原色の服もいいかもしれないな」と山本医師は呟いた。
「白い服ばかりじゃ面白くないでしょう」と老婆も相槌を打った。
「緑とか赤じゃ、着る時が無くってよ、叔父様」
「普段、着ればいいじゃないか」
結局、買わされた。店を出た。車は海辺の砂浜の前で止まった。
「たまにも、海を眺めるのもいいだろう」
「そうね」と余り気の進まない返事をした。
「服を変えれば、気分も変わる。そういった発想が生きるには必要だ」
山本医師は腰をおろした。既に日が沈もうとしている。
「後何年、生きられるかな?」と山本医師は呟いた。
「どういう意味? 叔父様」と由美子も側にしゃがんだ。
作品名:マリオネットの恋 作家名:楡井英夫