インタルジア -受胎告知―
pie.7 4.殺意と殺人の間
「鉄棒は遙か遠くに、真一文字にあった。私はそれを越えることが出来なかった。まだ現実が確かな輪郭と質量とを備えていた頃の話だ。悔しさと涙とは一直線の、それだからこそ危険な感情へと続いていたのであるが、その道を辿る技術が、私には欠落していた」
忘却は無意識の回避であり、余剰は欠落の自覚である。彼の記憶は相対的平衡を保っていたが時系列的検証にはおおよそ耐えられない代物であった。だが闇の中にこそ全てが有り、光の有るところではかえって全てが限定されているという観点から、彼の人生がいかに豊饒であったかを推測することができる。
彼は朽ちかけた家屋の一室に古座していた。何時の間にか、彼は家から一歩も出ないで過ごすようになっていた。
思うに、彼は自己認識に成功したのだ。
知ることと認めることとの間には相当の隔たりがある。それは殺意と殺人との隔たりに似ている。しかし、それを越えたところで得られるものが一個の死であるとしたら、殺人の方がまだ希望に満ちているのではなかろうか。
彼は真っ直ぐに前を見て歩くが、それは相手に見つけられる前に相手を見つけ、横道に逸れる為の用心に他ならなかったのである。
「肉体が実相であるこの現実世界に於いて、私はひじょうに窮屈に歪められてしまう。この身体が私に相応しくないということが、私の試練だったのだ」
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※彼の考え方には独特な厭世感が感じられる。単に精神的な未成熟さを補完する為の奇形ともとれるけれど、岸田氏から見れば、それこそが、「天才」の条件なのだという事になるのだろう。今回の話はどことなく雑然としている。彼は一体、今何処で何をしているのだろう。そして、彼がどんな人なのかという根本的な疑問を、岸田氏は意図的に回避しているようだ。岸田氏に総括された彼の人間像よりも個々のエピソードの方に、私は魅力を感じる。私の中に生じた彼の姿と、岸田氏の中に存在する彼とがずれてきているのだろう。しかし、私は彼を知らないのだ。
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作品名:インタルジア -受胎告知― 作家名:みやこたまち