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みやこたまち
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novelistID. 50004
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インタルジア -受胎告知―

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pie.3 拾い集められた原稿



  彼女は私の不明瞭な口述をタイプする。彼女は一切の些事を忘れてタイプに没頭する。キーを叩きながら彼女が挟む感嘆の吐息や、どのような大著をも凌駕する程の深い沈黙は、やはり私に悦びと嫉妬とが入り混じった、案外な気分を催させる。そしてそれを悟られまいと、私は躍起になって語り続けるので、話はいよいよ詳細かつ冗長になってしまう。
 小気味良いタイプ音の律動は、私の精神を穿ち、記憶の深層を掘り起こす。
 語る苦しさはいつしか恍惚とした忘我の境地へと到る。

 大方、秘書検定試験の実地訓練のつもりなのだろうとは思う。もしくは大学のゼミの課題か何かには違いないのであるが、彼女がいてくれるという幸福はなんら減ずる事は無かった。

 その美薗は、この三箇日は実家で過ごす事になっているというので、私は随分と久しぶりに一人になった。そして、今更のように自分の衰弱を実感していた。

 何もする事は無い。追憶すら、もはや彼女の誘引が無ければ不可能だった。退屈さは心身の苦痛を倍加した。逃れる術を求めて、私は、私の骸(むくろ)の中を這いずり回った。

 三日間の責め苦に怯える私の指先が、幸運にも、彼女のタイプ原稿を探し当てた。これが私の全てなのだと思った。

 追憶の記録、「彼」の肖像である。
 彼女の手によって彼を呼び覚ますのも一興だろうと、私は気軽に考えた。かつて私が語った事を改めて読む事で、また新たな記憶が発掘されるかもしれない。それを帰宅した彼女に語る事が出来れば、まだ彼女を失わずに済むのではないだろうか。この思いが、私を突き動かした。

 全ての原稿を手にするまでの馬鹿げた労苦のせいで、半日が潰えた。さらに、途中で部屋に散乱した原稿を拾い集め、乾いた眼と指先とで原稿を整理する内、私は疲労困憊してしまった。
 全ては明日からだと思った途端に、一日目は終了したのである。




二日目

 目覚めた時、水差しの水が凍りついていて、曲面を成す氷塊に分解されて出来た虹が、芝居がかって彼女の原稿を彩っていた。
「そうだ。今日からこれを読むのだった」
 私は空腹も背中の痛みも忘れて、原稿を手に取った。