カフェ・テクタ 1
エマは三日月のような耳朶のダイヤを指でつまんでいた。街路の木漏れ日に顔を向けると、輝きが弾けた。世界中のビールの小瓶に、格子模様の白黒床に、光が散った。電話が鳴る。少し低いトーンの声。
「最高級の味わいです。瓶からその稀少な蜜が、あふれでているんですから」
エマは携帯電話で誰かと話し、いちど切って、またどこかへかけた。
「カフェ・テクタを27本。配達は水曜の朝にお願いします」
彼女はアイパッド見ながら、何かメモし始めた。俺はまたこっそりと、新聞記事を読んだ。
男性は町役場に勤務する38歳の職員で、鈍器のようなもので頭を殴られた形跡がある。深夜2時頃、水族館の駐車場に赤い外国製の車が停まっていたという目撃証言があり、警察ではこの車の持ち主と事件に関連がないか、調べを進めているらしい。
カフェサインの下に目をやった。キャデラックのぎらついたうねり。色はデビルス。深淵から飛び出したような、魔物めいた赤。
俺は女を上から下まで観察した。自分でも自分の眼球が血走るのがわかった。この女が、役場勤務の男を殺害したのでは? さきほど、水族館で殺人があったと話したら、妙な表情で否定した。犯人以外の人間が、無駄な否定なんかするだろうか? それに背後から襲ったという新聞の記述。後ろからじゃあない、と言った。どうしてそんなことを知っているのか。
いっぽうで、とうのエマは鼻歌を歌いだした。長い夜が明ける、といった歌詞だった。長い夜が、明ける、明ける、ああ明ける、そう歌っている。ガラスに白い英文字で書かれた”cherry's”の文字は、朝日を受けて、傷だらけのテーブルに影を落とす。傷こそが美しい。女のブラウスの貝殻のボタンは、トパーズの輝きを放っている。弾けるようない若さはないが、湿った肌には、葉巻に似た深い光沢がある。二番目のボタンが取れている。