小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

からっ風と、繭の郷の子守唄 第101話~105話

INDEX|9ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 


 「お・・・いつのまにか、京都弁が出てきましたね。
 群馬の風は情け容赦がありません。
 やっぱり、使い慣れていない標準語では我慢が足りません。
 京都弁の方が、英太郎くんらしくていいですね。
 京都弁の英太郎くんは、存在感がある。
 言葉は不思議です。
 でも油断はまったくできません。冬の本番はこれからです。
 年が明けると本格的に冬将軍がやってきます。
 そうなると、凄まじい季節風が、毎日のように吹き荒れます。
 大地は凍てつき、霜が毎日のように樹木を襲います。
 それらに耐えて春に芽をふくものだけが、上州では生き残ります。
 徳次郎さんが言うように3000本のうち、半数がダメになるかもしれません」

 「それほどまで、上州の冬はきついのどすか?
 もう充分に強い風が吹いとると思うのどすが、この程度ではまだ、
 きずつないのどすか?」

 「よそから来た人たちは、初めて経験する上州の風に一様に驚きます。
 風の冷たさは、たぶん群を抜くでしょう。
 俺たちは生まれた時からこの風に慣れていますので、どうこうありません。
 時には厳しさのあまり、風上に向かって目が開けられず、
 背中を向けて歩くこともあります。
 でもそのおかげで真夏の暑さにも耐え抜ける、逞しく植物が育ちます」

 「人間も逞しく育ちそうですね。
 そうですか。厳しい冬を耐え抜くからこそ、上州の農家は辛抱強いんだっぺ」

 「おっ。上州弁の使い方も板についてきましたね。
 そうです。べと、だんべを上手に使い分けることが、上州弁の基本です。
 予定はクリアしましたので、もう上がりましょう。
 俺も今日は休みですから、久しぶりに五六でも呼んで、
 一杯やりますか?」

 「そうしたいのは、やまやまどすが、デザイン仕事が遅れています。
 農作業を終えて家に帰ると、ほっとして、身体が横になるたがるんどす。
 ちびっとくらいならええやろうと、コタツで寝るんどすが、
 たいていは、朝まで気持ちよく眠ってしまいます。
 身体を使うのも久しぶりどすから、ええ具合に疲れとると思うて。
 でもそろそろ追い上げないと、ほんまに納期に間に合おりません。
 そっちのほうが片付いたら、一晩中、飲み明しましょう」

 英太郎が、白い歯を見せて笑う。
ここ数日間の農作業は、なれているはずの康平でさえ、身体に
きついものが有る。
作業の量が秋と同じでも、吹きつけてくる風が体力を奪っていくからだ。
真夏の農作業より真冬のほうが、体力を必要とする由縁だ。
寒さでこわばっていく筋肉が、人の心まで早めに疲れさせてしまうようだ。

 英太郎と別れ、家路を辿り始めた康平を、赤い軽自動車が追い越していく。
(見たことのない車だ。今頃このあたりを走るなんて、ずいぶんもの好きだな)
あたりを見回しても、畑しか見えない寂しい風景の中だ。
見慣れない車が走ること自体が、珍しい出来事だ。
ましてこの道は、最奥にある徳次郎の屋敷で、行き止まりになる小道だ。
赤い軽自動車が、坂道の途中でゆっくりと停まる。

 「ようやっとお仕事が終わったようどすな。康平くん」

 運転席の窓が開く。
そこから現れたのは、笑顔の千尋です。
しかしなぜか、気がつけば・・・・千尋まで、京都弁になっている・・・・