からっ風と、繭の郷の子守唄 第101話~105話
冬の平均気温は、8度前後で推移する。
冬とともに、シベリア大陸からやって来る-30℃から-50℃の強烈な寒気が、
日本海側へ大量の雪を降らす。
新潟や北陸一帯に雪をもたらした寒気は、乾いた冷たい風に変身する。
冷たい風は一気に中央分水嶺を越えて、関東平野へ流れ込む。
この冷たい風が、名物の『上州のからっ風』だ。
電線が、もがり笛のように鳴く。
細かい砂利を吹き飛ばしていくこの強い北からの風は、体感気温を、
零度以下にまで急降下させる。
霜と、体感気温が氷点下になる極寒の環境の中、ひたすら
耐えぬいていくことが、上州の野菜や植物たちの使命になる。
有機肥料を大量に投与し、桑苗の作付を予定している康平たちの畑も、
そんな季節を、目と鼻の先に迎えている。
11月のはじめと共に急ピッチで、本格的な畑造りが始まる。
凍てつき始めた大地を何度となく、ロータリーを使い攪拌を繰り返す。
栄養分が、下層に固まらないようにするためだ。
大地へ酸素を送り込むことも、目的のひとつとされている。
微生物が棲む有機質の畑は、それ自体がいきものであり、真冬になっても
人の手によるキメ細かい管理を必要とする。
菊まつりが山麓の各地で催される頃になると、康平と英太郎の畑での
農作業はピークを迎える。
連日にわたり、寒空の下での作業が続く。
横たえた桑の苗が飛ばされないよう、マルチのシートがかけられていく。
全体を覆い尽くしたあと、手作業で小さな穴から一本づつ苗木を
地表へ出していく。
根の部分だけを寒風から守るためだ。
枝の先端部分は、わざと上州の冷たい風にさらす形をつくる。
真冬の寒さに耐えられる強い苗を作ることが、目的だ。
3000本となると、気の遠くなるような作業量になる。
さえぎるものが何もない傾斜地での農作業は、全身が冷たい風にさらされる。、
まさに風との我慢比べの様相、そのものだ。
「康平はん。桑というのはほんまに強い植物どすな。
秋の初めに挿した細い枝から、もう小さな根っこが伸び始めました。
最初は不安でしたが、こんなやり方でも、桑の苗は
作ることがでけるんどすな。
正直、桑の生命力には驚きました」
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第101話~105話 作家名:落合順平