からっ風と、繭の郷の子守唄 第101話~105話
「やっと目つきが変わってきたわね、康平くん。
患者さんにとってなにより大切なことは、治癒力を開花させることです。
病は気からというけれど、自ら治そうと決意することが一番です。
お先真っ暗になって、何もやる気が起こらなくなってしまうようでは、
まず、病気には勝てません。
知識不足から生まれてくる不安や焦燥感は、学ぶことで改善されます。
辛い症状が断続的に現れるため、家族やパートナーの理解と
協力も必要になります。
食生活や習慣を見直すことも大切でしょう。
居酒屋で、鮮度の良い食材を使っている康平くんなら、
意味を理解できると思います。
生活習慣を見直すことが、なによりも重要です。
ストレスを溜めやすい生活を続けていると、病気への免疫力が低くなります。
病気も悪化しやすいと言われています。
睡眠不足や散乱した自室などは、無自覚のまま、ストレスを溜めていきます。
さて、それでは、見守る側の康平くんには何ができるのでしょう。
医学は日々進歩をしています。
さまざまな治療法が進化を遂げている今の時代、希望を持って明るく進む
患者さんと、そのサポーターの存在が大切になります。
何ができるのか、まず、自身の頭でしっかり考えてください。
病気と闘っている彼女自身をしっかりと、見つめてあげることです。
助けを求めてきた時には、正面からしっかり受け止める。
その決意がなによりも大切です。
そういう姿勢を見せ続けている限り、彼女はもっと元気に前を向くでしょう。
人間はたかが病気に、決して負けません。
負けてしまうのは、折れてしまう心だけです。
医療は物理的に患者さんを救済します。
しかし。折れてしまった心の援助は、家族やパートナーからの愛が一番です。
私はそれがベストだと考えています。
あなたに出来ること、成し遂げるべきことは、山のように有ると思います。
あら、まぁ・・・・また余計なお節介を、やいていますねぇ~。
あたしったら。ふふふ」
「ありがとうございます。先生。
漠然とですが彼女と、真正面から話し合える勇気が湧いてきました」
「高くつきますよ。今回の講義料は」
「はい。またお店に顔を出してください。
美味しい料理をたくさん作り、先生を大歓迎します。
ここの勘定は払っておきますので、ゆっくりと残りの時間を、
過ごしていってください」
「馬鹿言うんじゃないわよ。この子ったら。
年下の男の子に、おごってもらうほど私は落ちぶれていません。
全部払ってあげるから、美和子の分もそのままにしておいてくださいな。
ねぇぇ。あんたのことでしょう。
高校生の時、美和子を映画館に誘っておいて、放ったらかした
男の子というのは。
やっぱりそうか。あんたがねぇ・・・・ふぅ~ん。
まあいいか。なんだかんだ言ったって、人生はなるようにしか
ならないものね。
あら。いつのまにか後ろ向きの発言をしていますね、あたしったら。
ごめんごめん、取り消してください。いまの部分は!。あっはっは」
別れ際、笑いながら『また会いましょう』と女医先生が片手を振る。
見送られる形で席を立った康平が、吊り鐘のドアの前でふと立ち止まる。
女医先生へお礼を言うため、康平が振り返る。
しかし女医先生は、何事もなかったかのように自分の読書にもう、
しっかり没頭している。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第101話~105話 作家名:落合順平