あの綿毛のように
その公園から、私の家までは歩いてものの数分だ。最後のボスである長い坂道を上りきった小高いところに、我が家はある。学校の上靴を入れるところは低すぎて大変、帰る家は高すぎて大変。二つ足して平均できればどんなに楽かと、夏に入って暑くなってからは同じことを考えている。
玄関に入って靴を脱いだ私は、何をするよりもまず窓を開けた。佐々木さんは、私の開けた窓とは逆方向の窓に手をかけている。
この家は二階建てだ。一階はダイニングキッチンのある広いリビングと、トイレ、ふろ場に洗面所がある。キッチンは洋風で、私がちょくちょく掃除をするから綺麗だ。料理をするのにも細かいところで使い勝手が良くて気に入っている。ただ、リビングは洋風のキッチンに似合わず普通で、薄い青色で涼しげな絨毯に、あまり高くなさそうな木のテーブルが置いてあるだけだ。
こだわる家庭なら、きっと観葉植物とかが置いてあって、もっと高級感のあるリビングになるかもしれない。そして、リビングの左右には今しがた私が開けて、今まさに佐々木さんが開けようとしている大きな押して開くタイプの窓がある。部屋の中央、キッチンの真向かいの壁には大きめのテレビが置いてある。
佐々木さんが窓を開けたとたん、この家の空気は待ってましたとばかりに外へ旅立って行った。代わりに、新しく遊びに来た風が来てはまた去っていく。
「ここ、景色いいね」
佐々木さんが窓の前に立ったまま大声で言った。ここらには高い建物が少ないので、遠くまで見渡すことができるのだ。
今さっき行ったばかりのスーパー、学校、住宅街。もっと遠くには川があり、そのあたりでは毎年祭りをしている。祭りでは花火が打ちあげられ、その花火は私の家からでもはっきり見えるので、ここらで花火を見るには一番のスポットだ、とひそかに私は思っている。そのことを佐々木さんに教えると、彼女は嬉しそうにして。
「本当! じゃあ、今度花火のある日は綿あめでも持って遊びに来るよ」
と言った。
「楽しみに待ってる。……そうだ、紅茶いれないと」
「お、待ってました」
水を電気ケトルで沸騰させている間に、私たちはコップやお皿の用意をした。ケーキの種類は真っ白なショートだ。ふんわりとした生クリームに真っ赤なイチゴが鎮座している様は、さながら王様のように偉そうだった。そんなケーキが目の前のお皿にのっているのを見ると、紅茶を準備する時間も惜しいくらいに思えた。
かちり、とケトルが音を立て電源が切れると同時に、私たちに水が沸騰したことを知らせる。紅茶のティーバッグを各々コップに入れてお湯を注ぐと、風に乗っていい匂いが漂ってきた。
「いただきます」
フォークを手に挟んで合掌。神様だったり仏様だったり、いるかもしれないし、いないかもしれないけれど、どちらにしろ、今は目の前のケーキ様を敬うのが先だ。
一口ぱくりと口に入れると、濃厚な生クリームの甘みと、ふわふわとしたスポンジの食感がたまらない。そして後からくる、間に挟まっているイチゴの酸味。
「おいしい!」
たまらず叫ぶ。佐々木さんは目をつぶって「うぅ」、と唸っていた。そして、次の瞬間には「うまい!」と私と同じように叫んだ。
私たちは口々に「うまい」「おいしい」「やばい」と称賛の声をあげながら、綺麗にケーキを食べ終わった。