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たららんち
たららんち
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あの綿毛のように

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 「あの時は、見ちゃってごめんね」
 食後のティータイムをたしなんでいると、佐々木さんは突然立ち上がって窓際に向かいながらそう言った。
 「なにが?」
 私が思ったことをそのまま言う。
 「屋上のこと」
 あぁ、と私は合点がいった。彼女には、あれを見られていたのだった。
 「――もうあんなことは考えてないからだいじょうぶだよ。たぶん、いまのところ」
 私が笑顔を浮かべて言う。実際、あれだって出来心のようなものだったのだ。今思いだすだけでも、よくあそこまで行けたなとびっくりしてしまう。
 でも、根本的な解決にはなっていない。このままでは私は、またいつか同じことをしようとしてしまうかもしれなかった。
 「吉岡がなんであんなことをしようとしたかはわからないけど、したくなる気持ちはわかるよ」
 「しないほうがいいよ、自殺なんて。どうせ死んでから後悔するんだから」
 そう、私は本当にそう思う。けれど、私の中の何かが破裂しそうな程に暴れだすと、そんな考えも頭から追い出してしまいそうになる。
 「そうなんだよね。でも、それ以外にもうどうしようもないとか、思っちゃうんだ」
 「そうそう! 今は平気でも、その時はどうしようもなく思えるんだよね」
 佐々木さんが何か悩んでいる、というのはさっきのスーパーの出来事でわかっていた。けれど、どうして悩んでいるのかは聞かない。聞いても私にどうすることができるわけでもないし、悩みを聞くということは責任を負うということだからだ。それは、その人の悩みに対する適切な回答をしなければならない、という責任だ。
 私に、そんな回答ができるとは思わないし、自分の悩みを打ち明けずに他人の悩みだけを聞くのは、弱みを握っているのと同じようなものだと、私は思っている。だから、聞かない。それはつまり、私の悩みを打ち明けることもない、ということだ。
 「お互い、苦労しますなぁ」
 窓際で風を受けながら、スカートをばさばさとして佐々木さんは言った。彼女の細い足がちらちらと太ももあたりまで見える。
 私は、その言葉にあいまいに頷いて、物思いにふけっていた。
 屋上で、佐々木さんと私が最初に交わした言葉。
 「吉岡、なにやってんの?」
 「息抜き、してた」
 私が柵を乗り越えて、今にも飛び降りるであろうというあの状況。もしその時、佐々木さんが大慌てで私に近寄ってきて、命の大切さを必死に説いてきたら、それはそれで私は飛び降りる気がなくなったかもしれない。けれど、佐々木さんは止めるでもなく、あわてるでもなくこういった。
 「息抜き、ね。 私はずぅっと、息抜きっぱなしだから、このままじゃしぼんじゃう」
 その笑顔を見た時、私はふっと体の力が抜けていくのが分かった。だからこそ、足が震えて、柵を乗り越えて戻ることができなかった。
 足が震えて戻れないというと、佐々木さんはまた笑ったのだ。そして、私に手を伸ばして、戻るのを手伝ってくれた。
 それから、私たちは他愛もない世間話をした。それは本当にくだらない話ばかりで、今、どんな話をしたのかと言われれば、なんだったかなと思ってしまう程のものだ。けれど、そのくだらない話がなぜかとても心地よかった。
 ――きっと、普通が欲しかったのかもしれない。
 人によっては、弟の面倒を見て、真面目に授業を受けて、家に帰れば家のことをいろいろやって。そんなの、当たり前だという人もいるかもしれない。私は長い間そういう人生を送ってきた。小さいころから、ずっとだ。けれど私にとって、こういう生活は普通ではなく、どことなく自分で無理をしているという自覚がある。
 私のそんな生活を知ると大体の人は「すごいんだね」と言う。私は、その「すごい」という称賛の言葉に、いつしか嫌悪感を抱いていた。
 「凄い吉岡さんを褒めている私はいい人」、そんな心が透けて見えるようだったからだ。
 もちろん、心底私のことを尊敬してくれている人もいるかもしれないし、私の被害妄想が激しいだけかもしれない。けれど私自信、そう思ってしまうのだからどうしようもない。
 でも、そんな様子を表に出すことはしなかった。嫌われたくなかったから、一人になるのが嫌だったから。
 その点佐々木さんは、私の生活を見るのではなく、私を見てくれているような気がした。だから、あんなにも心地が良かったのかもしれない。
 ばさばさとスカートをあおる彼女が、実際どういう気持ちなのかはわからないし、教えてもらう気もない。彼女にとって私が邪魔な存在だとしても、私にとって彼女は話していて心地の良い人という事実は変わらないのだ。
 風が家の中を通り抜けていく。
 私たちは、その心地よい風を受けながら、特になにかを話すでもなく、窓の向こう、どこか遠くを見ていた。

作品名:あの綿毛のように 作家名:たららんち