あの綿毛のように
おはなし
「最初は、まず謝らなきゃいけない。ごめんね」
怪訝そうな顔をしていたのだろう。佐々木さんはすぐに話を続けた。
「昨日のおばあちゃんとの話、私聞いちゃったんだ。ほら、寂しいってやつ」
「あ、あぁ。聞いちゃったんだ」
「うん。――一度聞こえてきたら、気になっちゃって」
頭をぽりぽりと書いている佐々木さんに思わず呆れて笑ってしまう。
「普通、そんなはっきりと言う? ごまかしなよ」
「いい案が思い浮かばなくてねー」
おどけて笑った佐々木さんの顔が、またすぐに元に戻る。
「でね、前に吉岡いったじゃない。『人に相談を受けることはない、弱みを握ってることと同じだからだ』って」
「うん」
「つまり、今は吉岡の弱みを握ってるってことになる。でね、これは私のわがままなんだけど、そんな関係、私は嫌なの」
――だから、私の弱みを言うね。
佐々木さんはそういうと、ゆっくりと言葉を選ぶように語りだした。
佐々木さんのお父さんは、所謂家庭内暴力を振るう人らしい。昔は、お母さんともども殴られたりしていたそうだ。幸い、痣になるようなけがはしていない。そして今、そのお父さんは単身赴任をしている。けれど、お盆などの長期休暇の間だけはこちらに戻ってくるそうだ。
お母さんはというと、そんな夫に愛想を尽かすわけでもなく、あれでもいいところがあるのだと離れる気はない様子なのだそうだ。
「典型的な依存者なの」
どこか憎々しいように言う。
感覚が麻痺していて、どんなに暴力を振るわれても気にならない。そして、時々優しくされると「私は愛されているのだ」と思い込む。
佐々木さんのお母さんは、そういう状態なのだそうだ。
祖母たちは、そんな状況を見過ごすことはできなかった。できることならば、孫だけでもこちらで育てようとしたらしいが、それは叶わなかった。
そして妥協点がこの、お父さんがいるお盆などの長期休暇の間だけ祖母の家に泊まるということだった。本当は年末年始も泊まりに来ているらしい。
「アドバイスとか、そんなのいらないよ。私だって、吉岡にはなにもしてあげられなかったんだし」
そうして佐々木さんは笑った。
「ごめんね、勝手に語りだして」
「ううん。そんなことない」
不謹慎だけれど、私に話を打ち明けてくれてうれしい。私は、そう思ってしまった。佐々木さんは私の弱みを握っているだけでは嫌だと言った。それは私と対等に付き合いたいということだ。
うれしい。
そんな佐々木さんに、何か私ができることはないだろうか。自然とそう思えてくる。
「ねぇ!」
空を見上げている佐々木さんに話しかける。佐々木さんは「なに?」と返事をしたけれど、ずっと上を向いている。
「うちで暮らさない?」
「……は?」
素っ頓狂な声をあげて、顔を降ろしてきた佐々木さん。目が少しうるんでいる。
「うちで暮らせばいいじゃん! うちなら両親も全然いないし、海もいるし、たぶん楽しいよ!」
自分で言っていて何をバカなことをと思う。でも、それはとても魅力的な提案にも思える。
佐々木さんはぽかん、としたけれど声をあげて笑い始めた。
「吉岡、何言ってるのさ!」
「やっぱり、無理だよね」
「そりゃ、そうでしょうよ。――でも、ありがとうね」
あ、そういえば、と佐々木さんは言った。
「海くんと言えば、この前こんなこと言ってたよ」
「え、なに?」
「吉岡が布団で寝込んでる時にね、『うちはおねえちゃんに頼りっきりだから、大変なら休ませてあげなきゃ』って」
包丁で野菜を切るのだって、鍋でお湯を沸かすのだって、言葉では簡単だけど、包丁は危ないし、夏は暑いしで大変なんだ。でも、姉ちゃんはそれを簡単にしちゃうんだ。
おじいちゃんが『何回失敗しても、やりなおしていればできるようになる』って言ってたけど、それってつまり、お姉ちゃんは何回も何回もやりなおしたってことだよね。それも、自分の為だけじゃなくて、俺の為にまで。
「だから、俺も頑張るんだって」
「――海が、そんなことを言ってくれてたの?」
「うん。すっごく恥ずかしそうにね」
そんな様子の海を想像すると、おかしくて思わず笑顔になってしまいそうになる。
そうか、海がそんなことを言ってくれていたのか。
おばあさんの言っていたことは本当だったんだ。こんな私でも、海の心の拠り所にはなれていたんだ。
「代わりのライターあったよ! おじいちゃん全然見つけてくれなくて」
玄関の音とともに海がそうぼやきながら走ってきた。
「海!」
その海に向かって、私も駆け寄る。
「え、な、なに?」
そのまま海を抱きしめると、海は驚いた様子でしどろもどろになった。
「海、ありがとう。大好きだからね」
観念したのか、頭の中がショートしたのかわからないけれど、海はずっと私に抱きしめられてくれていた。
ライターが手に入って再開した花火の最後の一本は海がどうしてもというので、海のものとなった。
海がゆっくりと、大切に火をつけた花火は、鮮やかな緑色に輝いていた。