あの綿毛のように
三
「花火?」
昼食中に佐々木さんがおじいさんに尋ねる。
「あぁ、せっかくだと思って買っておいたんだ」
ほら、と脇から袋をとりだしたおじいさん。中には手持ち花火がいくつも入っている。
「おお、多いね」
「その方が楽しいだろ」
私と海を見て、おじいさんは「な?」と同意を求める。私たちはそれにうなずいて答えた。
「打ち上げはー?」
「危ないから買ってない」
「何歳だと思ってるのさ……」
「緑ちゃんがいるなら大丈夫だったね」
おばあさんが佐々木さんをからかうように言う。それに思わず笑ってしまった。
「あ、吉岡、その笑いはどういう意味だ!」
「なんでもないです。なんでも」
すぐさま真顔になり、ごはんを食べる。
こうして私たちは夜、花火をすることになった。
お昼ごはんを食べ終わった私たちは、最終日だからと特に変わったこともせずに過ごしていた。古い別のゲームを発掘してプレイしたり、庭で植物に水をあげたり、風鈴の音を聞きながら昼寝したり。そういう、普通どおりの生活をした。なんでもないようなことだけれど、なんでだろうか、そんなことがずっと心の中に思い出として残るような気がしてならない。
お昼寝から目を覚ますと、今まさにおばあさんが夕食を作ろうとしているところだった。
「おばあさん」
起き上がって声をかけると、おばあさんは「どうかしたのかい」と言った。
「晩御飯の料理、手伝わせてくれませんか。お礼代わりに」
にっこりと笑ったおばあさんは「えぇ、お願いします」と優しく答えてくれた。
おばあさんと一緒にキッチンに立つ。自分の料理はうまいとまではいかなくとも、下手ではないと思っていた。けれど、こうしてみるとおばあさんの手際のよさに驚かされる。
ついさっき材料を切っていたかと思うと、そのまな板は綺麗に洗われていたし、ボールに鶏肉が漬けられていたかと思うと、すでにおいしそうなから揚げが出来上がっている。
「おばあさん」
そんなおばあさんの手伝いをしていたけれど、私が手を出しても逆に時間がかかりそうなので、結局私がしていることはお皿をだしたりとか、その程度だ。
「なんだい?」
「料理のレシピ、教えてもらえませんか初日の肉じゃがとか、とても美味しかったんです」
「喜んで、教えてあげますよ。――なんだったら、一緒に作る?」
「え?」
「材料なら余ってるし、時間も余裕があるし、ね?」
にんじんやじゃがいもを手に持って、お茶目にウインクしたおばあさんに、私はお願いしますと頭を下げた。
「がんばってね」
「はい」
よし、と意気込んで材料とまな板、包丁を取り出す。おばあさんほどではないけれど、材料をできるだけ綺麗にすばやく切っていく。
先にじゃがいもを入れて、ある程度火を通す。次ににんじん、と投入し、味付けをおばあさんの指示通りにしていく。
「あとは、煮込むだけ。お疲れ様」
「ありがとうございました」
「別の料理のレシピ、なにか知りたいのはある?」
「いいんですか?」
「ええ」
それじゃあ、と次から次へとおばあさんの作ってくれた美味しい料理のレシピを聞いていく。何種類も聞き終わると、いつのまにか外はもう暗くなっている。
「私がお礼にって手伝いを申し出たのに、いつのまにか私がお世話になってますね」
紙に書いたいくつものレシピを眺める。レシピにはそれぞれおばあさんのワンポイントアドバイスがあり、そのどれもが目からうろこのことだった。
「若いこがいるだけで、こっちも元気がもらえるのよ。これだけでは、お礼をしたりないくらい」
ありがとうね、とおばあさんに私の頭を撫でられて、思わず目を細める。
おばあさん秘伝のレシピのおかげで、家に帰ったときの楽しみができたようでうれしかった。
夢の田舎生活最後の夕食は、初日に負けず劣らずご馳走だった。私の作った肉じゃがもあっという間に無くなって、海だけじゃなくみんながおいしいと言ってくれるのは本当にうれしかった。
ご飯を食べ終わった海は、花火の袋を持ってすでに準備万端だ。
「これ、ろうそくあったぞ。墓参りの時使ってたやつが余ってた」
おじいさんが海の持っている袋にろうそくとライターを入れた。海を先頭に庭へ出る。街と比べてあかりが少ない外は、いつも以上に月明かりがまぶしい。空を仰ぐと、そこには予想してもいなかった空があった。
「星、すごい」
私の住んでいるところでは決して見ることができない星空。よく、粉砂糖をまぶしたようなとか、星が降るようなとか、そういう表現がされるけれど、そんなものじゃない。
「現実じゃないみたい」
無数に瞬く星、その輝きに目を奪われていると海が声を上げる。
「早くやろうよ、花火」
「この星の良さがわからないなんて、海くんもまだまだだね」
佐々木さんが海をからかう。
「花火の方が楽しいもん」
「潔いね」
私は海に急かされるように袋からライターを取り出す。かちりという音が、虫の鳴く静かな外に響いた。しばらくろうそくに火を当てていると、ろうそくは音も無くオレンジ色の火であたりを照らし始めた。
三人でその火を取り合うようにして花火を寄せる。数秒ほどじっとしていると、花火は音を立ててはじけ始めた。
「あ、俺まだ点いてない! 頂戴!」
「ほいよ」
二人は花火の先同士を近づけて、火を受け渡している。やがて海の花火に火が点くと、鮮やかなオレンジ色の光が輝きだす。
花火を振り回す。振り回した花火を見て、すぐに目を閉じると暗闇の中に軌跡が見えると佐々木さんが教えてくれた。それを試すと、確かに瞼に光が残る。
じゃあそれを利用して何か文字を書こうと意気込んで、三人で文字当てゲームをして楽しんでいると、いつのまにかろうそくが消えてしまっていた。
花火で火をつけようとしたけれど、点かない。そうして時間がかかっていると、花火の火まであっという間に消えてしまった。
仕方がないのでライターを使って火をつけようとする。けれど、さっきは元気に点いていたライターも急に調子が悪くなったのか、ちょうどさっきのでガスが切れたのか、音沙汰がない。
「俺、ライターか何か借りてくるよ」
見かねた海が玄関へと向かって行く。花火の続きを早くやりたくて仕方ないようだ。
「ねぇ、吉岡」
佐々木さんはしゃがみこんで、私を見上げてきた。
「ちょっと、二人で話があるんだ」
真剣な目をした佐々木さんから、私は目をそらすことができなかった。佐々木さんは深く息を吸うと、ゆっくりと話を始めた。