あの綿毛のように
最終日
六日目の朝。目覚めた私の気分はすっかりよくなっていた。健康な体とはこういうものだったか、と布団の中で伸びをしながら思う。
居間に行くとおじいさんとおばあさんはすでに起きていて、いつかと同じようにおじいさんは新聞を読み、おばあさんは朝食を準備している。
「お、おはよう。もう身体は大丈夫なのか」
おじいさんが新聞を折りたたんでこちらを見る。
「えぇ、ご迷惑おかけしました。それと、ありがとうございます」
「お礼なら母さんにしてくれ。俺は何もしていない」
目をそらしたおじいさんはどこか落ち着き無く、一度たたんだ新聞を再び広げて読み直し始めた。
「あら、薬を切らしていたって言って、近所中走り回ったのは誰かしら」
「し、知らん」
「そんな、薬を? ありがとうございます、おじいさん」
「知らんと言ってるだろう」
おじいさんは新聞で顔を隠してしまった。こっそり近づいて覗いてみると、日に焼けた顔が赤くなっている。
「こ、こら!」
「すみません」
笑いながらおじいさんにお辞儀をした。本当に、この二人には感謝をしてもしきれないと思う。
「おばあさん、悪いんですけど、お風呂でシャワーを浴びてもいいですか?」
「えぇ、いいですよ。昨日一日汗かきっぱなしだったものね」
「ありがとうございます」
もう一度、今度はおばあさんにお辞儀をした。おばあさんは「ご丁寧に」と微笑むと、朝食の準備の続けるためにフライパンに卵を落としてふたをする。それを見届けた私は、畳部屋に戻って着替えをカバンから取り出す。二人はまだ寝ているので、ゆっくりと静かにしなくてはいけない。
脱衣所で服を脱いで、浴室に入る。蛇口をひねると、最初は冷たい水も徐々に温められていき、そのうちに丁度いい温度になった。
身体をお湯の粒が優しく叩いていく。
身体が生まれ変わっていくみたいにさっぱりしていく。
昨日のことを思い出す。
おばあさんは、私のことを立派と言ってくれた。どうしてかわからないけれど、おばあさんは、こんな私を無条件に受け入れてくれた。
うれしい。
私の嫌なところを見たはずなのに、私の勝手なところを知ったのに、私を受け入れてくれた。それがうれしい。
私は寂しかった。その埋まらない寂しさは、もしかしたらこれが原因だったのかもしれない。私を無条件に受け入れてくれる人がいなかったからなのかもしれない。だから、人と付き合うときにマイナスの面を見せないようにして、疲れて、あの日屋上に行ってしまったのかもしれない。
シャワーを止める。髪の毛からお湯のしずくがぽたぽたと垂れていく。
涙のようなそれは、キラキラとしてとても綺麗だった。