あの綿毛のように
三
「目、真っ赤」
海が私の顔を覗いてそういった。おばあさんに泣きついた後、私は泥のように眠ってしまった。目が覚めるともう夕方で、おばあさんは夕飯の準備をしている。熱もお昼に測ったときよりだいぶ低くなっていた。
「うるさい」
顔を背けて布団を目元までかぶる。
「体拭きに来たよー」
佐々木さんがお湯の入った洗面器とタオルを持って部屋に入ってきた。ほかほかと湯気の出ているお湯は温かそうで、急にお風呂に入りたくなってくる。
「お風呂、入りたいな」
「明日まで我慢だね。はい、背中向けて、服脱いで」
ゆっくりと起き上がる私の背中を支えた後に、タオルをお湯につけてしぼりながら佐々木さんは言った。言うとおりにしようとすると、海が部屋から出ようとしているのが見える。
「別にいてもいいんだよ」
佐々木さんはにやにやしながら海に言う。海は顔を真っ赤にして「いるわけ無いだろ!」と部屋から出て行ってしまった。
背中を暖かなタオルで拭かれると、お風呂ほどではないけれどやっぱり気持ちいい。その後には上着を着替える。これで随分と身体もすっきりとした。頭だけは少し気持ち悪いけれど、明日までの辛抱だ。
「お粥持って来たよ」
終わりを見計らって、海がお盆におかゆを載せて来た。一瞬で、いい匂いが部屋中に満ちていく。
「たまご粥だよ」
「おいしそう」
「うん、おいしかった」
「空姉ちゃん、さっきキッチンにいたけど、つまみ食いのため?」
「おいしかったよ」
「つまんだんだね、佐々木さん」
いいから食べなさい、と私にれんげを差し出す佐々木さん。それを受け取ろうとすると、あと少しというところでひょいと引っ込めてしまう。
「食べさせてあげようか」
「え?」
「はい、あーん」
「いや、い、いいよ。もうだいぶ治ってるし」
口元にれんげを押しつられる。問答無用で食べさせるつもりらしいが、せめて少し冷まして欲しい。
自分で息を吹きかけて少し冷ました後、仕方なく私はお粥を口に含んだ。
「おいしいですか」
「……おいしいです」
「そう。じゃあそう伝えてきますね」
よいしょ、と立ち上がってれんげを海に持たせる。れんげの変わりにタオルと洗面器を持ち上げると「あと、よろしく」と海に言って出て行こうとする。
まさか、海に今のをやらせようというつもりだろうか。そんなの、海が断るに決まっている。そう思ったのだけれど、海は部屋から出て行く佐々木さんに向かって「わかった」というと、こちらに向きなおしてきた。
「ほら」
そして、私の口元にれんげを差し出した。私はそれを、赤くなりながら食べる。
「うまい?」
「……うん」
妙に気恥ずかしくて今すぐに布団をかぶりたくなってしまうけれど、同時に、このまま続けと思ってしまう自分もいるのだった。