あの綿毛のように
二
お昼になっても、私の熱は下がらなかった。相変わらず、私の頭はぽぅっとしていて、考えがまとまらないし、身体も冷たいのに熱い。
静かな室内には私とおばあさん。部屋の外からは海と佐々木さんが話している声が聞こえてくる。その声がやけに頭に響く気がしたけれど、それは風邪の所為なのだろうか。
「熱、下がらないねぇ」
おばあさんが体温計を眺めながら呟く。その顔は本当に困っているようで申し訳なくなる。
「すみません」
「ううん、病気になっちゃったんなら仕方ないでしょう」
おばあさんは私を見て笑顔を浮かべた。
「でも、一応ご両親に連絡したほうがいいかも知れないね」
ずきり、と胸が痛む。夢で海が居なくなったときに、どんなに連絡をしてもつながらなかったことを思い出した。夢といっても、連絡が普段からつかないことは現実と同じだ。
「両親に電話しても、意味無いですよ」
考えなしに言葉が口をついて出ていた。息も切れ切れで、かすれた声をしている。
「……どういうことなの?」
おばあさんが怪訝そうな顔をして尋ねてくる。
「私の両親、忙しいんです。いつ連絡しても、気づいてくれない」
普段ならそこで止まるはずの私の口は止まることが無く、動き続けた。
「私が小さいころからそう。ずっと忙しいって言って」
風邪で思考能力が落ちている所為だ。弱っている所為だ。頭のどこかで、それ以上は言わなくていい、面倒くさい子だと思われるぞとストップがかけられるけれど、もう止まらなかった。
「だから私、寂しかったんです。確かに、少しは甘えることもできました」
頭の中に、骨を折って入院したときのことが浮かんだ。
「でも全然足りないんです。寂しいんです。海が生まれたとき、海にだけはそういう思いをさせたくないって思いました。でも違った。本当は、私が寂しい思いをしたくなかっただけなんです」
おばあさんは、何も言わずに聞いてくれている。
「私、最低なんです。自分が寂しいのに、海が寂しくならないようになんて思い込んで。母親面して、家族ごっこしてたんです」
母親の代わりをしているつもりだった私。その私と接している海を、私は自分と重ねていた。海が私の役で、私が母親の役だった。
「私、怖いんです。海がいなくなっちゃうんじゃないかって」
細々とした声で独白を続ける私を、変わらずおばあさんは優しい目で見てくれる。知らずに流れていた涙が、布団に垂れていた。
横からティッシュを差し出されて、私はそれで涙を拭う。
「最低なもんか」
ゆっくりとした声が聞こえてきた。
「子供ってのはね、親が恋しいものさ。甘えても、甘えても、足りない。もっともっとってなるもんさ」
おばあさんは頭に手を乗せて、優しく撫でる。
「それに、たとえごっこだとしても、海くんにとって、あなたはとても心の拠り所になっているはずよ」
「優しく、しないでください。私なんかに」
おばあさんの手を弱弱しくどける。優しくされる権利なんて、私には無い。
「あなただって、寂しかったのでしょう?」
そういって、おばあさんは私をふわりと抱きしめる。おばあさんの匂いがする。
「真実はどうであれ、あなたは海くんが寂しくならないような行動を起こした。自分だって、辛いことはあっただろうに。あなたは立派よ」
なんで、おばあさんはこんなにも私に優しくしてくれるのだろう。どうして、こんなに胸が苦しいのだろう。
「だから、今はおやすみ。たまには休息だって必要なんだから」
私の口から声が漏れる。子供のように泣きじゃくる。おばあさんに抱きついて、胸の苦しみを押し流すように、私は泣き続けた。