あの綿毛のように
吐露
白い光が瞼越しに見えて、朝が来たことを教える。そろそろ起きなければと身体を起こすと、誰かに肩を押されて布団に戻された。
なんだろうと思って目を開けると、妙に視界がぼやけている。そのぼやけた視界でわかったことは、私を押したのはおばあさんで、明るいのは蛍光灯がついているからということだった。
後頭部がひやりと冷たい。氷枕でも使っているらしい。けれど頭の中はぽぅっとする。白いもやがかかっているみたいに考えがまとまらない。
「大丈夫かい? 緑ちゃん」
おばあさんが小さな声でたずねてくる。
「えぇ、大丈夫です。なんとも無いですよ」
「なんとも無いことがありますか。そんなに無理やり笑顔を作って」
笑っていたのだろうか。笑顔を意識して作った覚えは無いのだけど。
「とりあえず、今は眠りなさい。ほら、これ薬だから」
薬を口に入れられて、水を飲まされる。味覚が変になっているのか、水がとてもまずく感じる。
「電気は消すから、ゆっくり寝なさい」
おばあさんは立ち上がり電気のスイッチを切って部屋から出て行った。蛍光灯の明るさに慣れていた所為か、しばらく何も見えない。
そういえば、同じ部屋に寝ていたはずなのに私以外誰もいないのだろうか。
少し見えるようになった目で右を見る。そこには布団が二組あったはずだけれど、今は畳しかない。
どこ、行っちゃったのかな。
「海」
起き上がって、布団から出る。思ったよりも具合は悪いらしく、立ち上がるとめまいと吐き気が襲い掛かってきた。
「海、どこ」
それでも何とか部屋から出る。部屋の外もすでに電気は消えていて、静かだった。
よろけて壁に当たってしまう。どん、という音が静かな部屋に響く。
「吉岡! 何してんのさ!」
佐々木さんが小声でそう私に詰め寄る。いつの間に、ここにいたんだろう。
「海は? 海がどこかいっちゃった」
「海くんは風邪がうつっちゃいけないっておばあちゃんに移動させられたよ」
「居なくなったわけじゃないの?」
「当たり前でしょ。何言ってるの」
「そう。そうか。よかった」
ほっとすると同時に、足に力が入らなくなっていくのを感じる。そのままじりじりと壁に寄りかかりながら、私は床に座り込んだ。
「ほら、部屋に戻らないと」
佐々木さんがそんな足元のおぼつかない私の肩を担いで、ゆっくりと立ち上がらせてくれる。そのまま、部屋に戻ると布団に押し付けられるように寝かせられる。
「少なくとも、今日一日は安静にしてなきゃ」
佐々木さんは、私が眠りに着くまでいなくなるつもりはないようだった。
「佐々木さん」
「なぁに、吉岡」
「……ごめんね」
そのごめんねが何についてのごめんねなのか、自分でもよくわからなかった。