あの綿毛のように
三
三日目は特に何があったというわけでもなく、私たちは外で水風船を投げあったり、鬼ごっこをしたりした。外でそんな風に遊んだのは数年ぶりで、懐かしかった。
その次の日、私たちは近くにある川へ行くことになった。
三人で濡れてもいい格好をして川へと歩いていく。天気もいいし、気温も高いので濡れたところですぐに乾くだろうとおじいさんは言っていた。
佐々木さんはクロックスを履いて、私はあのサンダルを、海も黒いメンズのサンダルを履いている。
少しして着いた川の上流側にはプールのように水がたまっているところがあった。そこから満杯になったお風呂からお湯が漏れていくように、少しずつ水が流れている。その流れの最初の方は水位も浅く、足首まであるか無いかくらいだけれど、下流に行くほどに膝、太もも、腰と深くなっていく。そちらの方は流れもそれなりにあるので、行くのはやめておこうと事前に決めた。
まずは浅瀬に足を入れる。
「つ、つめた!」
プールでしか泳いだことの無い私は、その水温の差に愕然とした。
プールならざぶざぶと入ってしまってもなんとも無いけれど、この水温だとそうも行かない。まるで水風呂だ。
「慣れるってそのうち」
佐々木さんはもう太ももあたりまで水に浸かっている。海に至ってはすでに上流のプールのようなところで泳いでいる。子供というのは恐ろしい。
「少しずつ深いところに行くから、佐々木さんは先に行っていていいよ」
「そう? わかった」
冷たい、冷たいと足を少しずつ動かしているうちに佐々木さんはあっという間に海と遊び始めてしまった。こうなっては、私が冷たさに弱いだけなのかとも思ってしまう。
そうやって少しずつ深いところまで向かっていったが、太ももまで水に浸かって私は察した。
これ以上は、たぶん無理だ。
あたりを少し見渡すと、座るのに丁度いい岩が転がっていた。その岩に座って、川の水を足でばしゃばしゃと蹴り上げる。それなりに白い私の足に、水滴がついてキラキラと光る。
こうして足を入れているだけなら、とても気持ちがいい。川のせせらぎと、鳥と蝉の鳴き声、暖かい光と川のおかげで涼しい風。ここではエアコンなんて無くとも、心地よい環境が整っている。
二人はプールのようなところに居る。一手で作った水鉄砲で水を掛け合ったり、泳ぎを競ったり、どのくらい潜っていられるか、というように遊んでいるようだ。
海は楽しそうだ。けれど、それを見た私はまた、暗い気持ちになる。
――嫌な姉だ。
そのとき、耳元で『ブン』と一瞬だけ嫌な音が聞こえた。思わず身を竦めて周りを見渡す。蜂か、虻か、今の音はなんの音だ。
しばらく身構えていたけれど、一向に音は聞こえてこない。よかった、通り過ぎていっただけだったかと一安心する。
すると、耳元で再び同じ音がした。しかも今回はずっととどまっている。
「や、や、やや!」
慌てて逃げようと立ち上がったのだけれど、足場の悪い川底の所為で転んでしまった。
大きな水しぶきと音を立てて転んだ私のほうを、あの二人が見ている気がする。
「ほら、なれちゃえば冷たくないでしょ?」
蜂であわてた私の心中を知ってか知らずか、佐々木さんはのんきに笑った。
けれど、確かに一度全身水に浸かってしまえばこの程度の水温くらい大丈夫な気がしてきた。
「姉ちゃんも早くこっちきなよ」
一瞬それに返事ができなかったのは転んだショックではなくて、海が本当に来て欲しいと思っているのか不安になったからだった。
十分に遊んで、心地よい疲れに包まれたまま私たちは川から上がった。帰り道のコンクリートには私たちの足跡がいくつもできていた。服も短パンもずぶ濡れで、本当に歩いているうちに乾くのだろうかと思っていたけれど、すその部分はすでに乾き始めている。
ぺたぺたと音を立てて歩く。子供のサンダルに音がなるものがあったっけ、と思っていると佐々木さんの腕に蚊が止まっているのが見えた。
「蚊」
ぺちん、と佐々木さんの腕を叩く。手のひらを見ると蚊がいない。逃げられたようだ。
「え、今の何?」
ぽかんとした佐々木さんに私は蚊がいたことを伝える。結局逃げられてしまったというと「本当にいたのかー?」手をこちらに伸ばしてくる。
「いたって! いたいた!」
つかもうとする腕からするりと抜けて、私は駆け出す。後ろから佐々木さんが追いかけて来た。海はその二人の間を笑いながら走っている。
「おりゃ」
無関係なはずの海が捕まってしまう。いつの間にか鬼ごっこになっているみたいだ。鬼になった海は私を追いかけて走ってきた。それを見て私もさらに逃げる。
鬼ごっこをしながらの帰り道はあっという間で、気づけば服も完全に乾いていた。