あの綿毛のように
五
扇風機は現在、のぼせた私の顔を重点的に冷やしている。隣ではさっさとお風呂から上がった海が一緒に風に当たっている。家とは違うシャンプーの匂いが、海の髪から漂っている。
おばあさんは食器を洗って、おじいさんは老眼鏡をかけて新聞を読んでいる。一度じゃ全然頭に入ってこないから、朝と夜の二度読むらしい。
最初はおばあさんの手伝いをしようと思ったのだけれど、本人に「いいから」と言われてしまい、今こうして扇風機の前に座っている。
ちらりと佐々木さんを見る。彼女は座椅子に座ってだらしなく眠っていた。
「緑ちゃん」
食器を洗い終わったおばあさんが手を拭きながらこちらを見た。
「は、はい」
「のぼせたのは、もう大丈夫?」
「えぇ、おかげさまで」
「そう、なら布団を敷くのを手伝って欲しいのだけど」
おばあさんはちらりと佐々木さんを見て苦笑した。
「はい、手伝います。――海」
「なに」
声が扇風機で揺れている。
「手伝うよ」
「あーい」
おばあさんにつれられた部屋は、八畳くらいの畳部屋だった。家具がたんすくらいしかないので、八畳という数字以上に広く感じる。
「みんな独り立ちしたから、だんだん何もなくなっていってね」
それを見透かしたようにおばあさんは押入れを開きながら言った。中には布団が四組ほどたたんで入れられている。
海と私の三人で一緒に布団を敷いて、佐々木さんの頬を軽く叩く。
「布団敷いたよ、眠いなら寝なよ」
「うーん?」
目を開いた彼女は周りを見回して目をこする。
「寝てた?」
「乙女とは思えない姿勢で」
「うそ、お嫁にいけない」
「いるのか?」
おじいさんが新聞から目だけを出して聞く。なんだか、佐々木さんのお父さんのような反応だ。
「彼氏なんていませんよー。えぇ、えぇ、いませんよ。どうせ」
「そうか」
寂しそうな、ほっとしたような声を出して再び新聞を読み始めたおじいさん。さっきから同じページを読んでいるような気がするのは気のせいだろうか。
「で、寝ないの?」
佐々木さんにそう聞くと、歯を磨き始めている海と目が合った。
「俺は寝る」
「私も寝るよー。移動ばかりで疲れた」
そう言うや否や、佐々木さんも歯磨きをして海と二人で布団の敷いてある畳部屋まで行ってしまった。
「緑ちゃんはまだ寝ないのか」
とうとう新聞紙をたたんでしまったおじいさんが語りかける。
「はい、どうもまだ眠くなくて」
「俺はもう寝るけど、かあさんは?」
「私ももう寝るつもり。緑ちゃん、悪いね」
「いえ、そんな全然」
「寝るときは、電気、お願いね」
「はい」
そういって、おばあさんとおじいさんも寝室へと眠りに行った。
私も居間で何もせずしばらくじっと座っていたけれど、電気を消して畳部屋へと向かった。
佐々木さんと海はもう眠っていて、小さい寝息がかすかに聞こえてくる。三列の布団のうちに、真ん中に眠っている海の左隣の布団に入る。
風呂場でのことを思い出す。佐々木さんに、面倒くさいやつと思われていないだろうか。変なやつだと思われただろうか。
布団の中で小さくかぶりを振り、目をつぶった。
いいや、もとよりもっと際どいところを見られてる。自殺直前なんてみられているんだから、それ以上面倒くさいことなんてありはしない。
――でも、やっぱり心配だ。
小さくため息をついた。嫌われたくない、そう切実に思った。