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たららんち
たららんち
novelistID. 53487
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あの綿毛のように

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 その日の夕飯は、とても豪華なものとなった。といっても、ピザやフライドチキンなどではなく、すべておばあさんの手作りの和食だ。
 おばあさんの作った肉じゃがは、調味料のバランスがちょうど良くて、繊細な味付けがすばらしかった。
 おじいさんは、町内会の集まりに行っていたらしく、私たちが着いた二時間後くらいに戻ってきた。
 若い子が増えて自分まで若くなったみたいだ、とおどけて笑ったおじいさんは、海と馬が合うらしく、明日には竹とんぼ一緒に作ろうという約束まで取り付けていた。
 晩御飯を食べ終わった私たちは、お風呂に入りなさいとおばあさんにせっつかれた。海は「一緒に風呂なんて無理だから!」と逃げていってしまった。その様子を見て佐々木さんは「初心なんだねー」なんて笑う。
 お風呂は私と佐々木さんが二人で入っても余裕があるほどの広さだった。この広さなら、本当に海も入れたかもしれない。
 身体を洗って湯船に沈み込むと、今日一日のことが頭の中に浮かんでは消えていく。途中、電車の中で見た夢を思い出して胸がずきりと痛んだけれど、湯船に浸かったため息に混ぜて外へと追い出す。
 暖かいお湯に包まれて目を閉じると、思わず眠りそうになる。
 「ほい」
 ぱしゃり、と顔にお湯をかけられた。見上げると佐々木さんが湯船に入ろうとしているところだった。
 「避け、避け、足、踏んじゃうぞ」
 足を引っ込めると、佐々木さんは湯船に座り込んで肩までお湯に浸かる。水位の上がったお湯が、少しだけ外に漏れていく。佐々木さんは目を瞑って気持ちよさそうに唸り声を上げた。
 ぽつん、と湯船に一滴、天井からの水がたれる。
 「ねぇ、吉岡」
 波紋を見つめながら、佐々木さんは呟く。
 「なに?」
 お互いの声は反響して、しばらくの間耳に残っていく。
 「吉岡はさ、なんで辛いこととかを誰にも言わないの?」
 そういえば、忘れていたけれど、佐々木さんは私が飛び降りようとしていたところを見ていたのだった。私が一度でも追い詰められていることを、彼女は知っているのだ。
 もう一滴、天井から水滴が落ちる。その波紋が消えるのを待って、私は口を開いた。
 「たとえば、誰かに悩みを打ち明けられたとしてね」
 「うん」
 「私は、その悩みに対して何かしらの答えを言わなきゃいけないと思うんだ」
 「うん」
 「でも、私には適切な答えを言えると思っていない。……それに」
 「それに?」
 「他人の悩みを聞くって言うのは、その人の弱みを握っていることだと思うんだ」
 「だから、自分の悩みを打ち明けることも無い?」
 「そう。でもね、もしかしたら違うかもって」
 「違う?」
 「もしかしたら、海に嫌われたくなかったのかなって思った」
 もしも、あれがつらい、これがつらいと悩む人がいたとする。もしも、大丈夫、なんとかなる、という人がいたとする。その二人がいたら、どちらと一緒にいたいと思うか。
 私なら、後者だ。それに、たぶん海も。
 だから、私は誰にも悩みを打ち明けないのかもしれない。一人になりたくなかったから。
 「――そう。わかった。なら、聞かないほうがいいよね」
 お湯から上がった佐々木さんはお風呂場の扉に手をかけてこちらを向いた。
 「気が変わったら、相談でもなんでも、していいよ」
 玄関と同じく立て付けの悪い扉の向こうに、佐々木さんは行ってしまった。
 私はただ一人、天井から落ちてくる水滴の波紋を眺めていた。
 
作品名:あの綿毛のように 作家名:たららんち