あの綿毛のように
二
前から後ろへと流れる景色を眺める。バスとは比べ物にならない速度に、思わず目が回りそうになる。発車した頃はビルなどの高い建物が多かったけれど、それらも時間がたつと同時に少なくなっていき、今は緑ばかりだ。最初は珍しく楽しかったけれど、現金なもので、この景色がこれからずっと続くのだと思うと飽きてしまった。そのため、今は正直手持ち無沙汰している。
佐々木さんと海は携帯ゲーム機で対戦をしているようで、海が何度も佐々木さんに戦いを挑んでいた。佐々木さんはどうやら相当やりこんでいるみたいで、大人気ないとも思うのだけれど、ふたりとも楽しそうだった。
私も何か読もうかなとバッグから小説を取り出し、しおりを挟んでいた部分から読み始める。
そんな状態がしばらく続く。ふと気が付いて目を本から上げると、佐々木さんと海は眠ってしまっていた。車内は少し冷房が効きすぎているので、風邪にならないようにとカバンの中から私の上着を取り出し、かけてあげた。
再び本を読み出した私だったけれど、眠っている二人を見たためか、どうも眠気が強くなってきた。話がいいところまで来ていたので、限界まで本を読み進めようとした。でも気が付けば、私も夢の中に落ちていった。
夢の中で私はまだ小学生だった。まだ低学年で甘えたい盛り、けれど、学校から帰ってくると待っているのは無人の家だ。
それからしばらく経つと、弟の海が生まれた。家族が増えたけれど相変わらず両親は忙しい。母親は弟の手がかからなくなると、早々に仕事へと復帰してしまった。それから、私が家に帰ってくると海がいるようになった。
海が小学校に上がる。海が寂しい思いをしないように、私は早めに家に帰る。そして、遊びから帰って来た海におかえりと声をかけてあげる。
今日もまた、早めに帰る。海はまだ遊んでいるのだろう、家には私一人だ。テレビを見たり、本を読んだり、たまにはなれないゲームをしてみたり、そうして時間をつぶす。けれど、一向に海は帰ってこない。
おかしい。
そう思ってまず学校へ連絡する。もちろん、すでに下校したと言われる。両親に電話をしてみる。こちらはつながらない。
訳がわからなくなって、どうすればいいのかわからなくなって、泣き出しそうになるけれど、ぐっとそれを堪える。泣いたら、海を不安にさせてしまうという、身体に染み付いた癖だ。
突然に鳴り響く電話。それを取る手が震えているのがわかる。それは海からの電話だった。
「母親面するなよ、うざったい」
電車の揺れで目が冷める。
胸がどきどきして、息が荒い。一瞬、自分のいるところがわからなくなる。
「姉ちゃん?」
海の声に体が飛び跳ねた。
「な、なに!」
とんでもない大声で答えてしまった。背中には冷や汗が滝のように流れている。
「ちょっと、大丈夫? 吉岡」
窓の外を眺めていたらしい佐々木さんが私の声に驚いてこちらを見る。それを見て、ようやく自分の置かれた状況を思い出した。
「え、う、うん、大丈夫。な、なんでもない。こ、怖い夢見ちゃって」
ちょっとトイレ、とその場から逃げるように立ち上がる。近くの席の人が何事かとこちらを向いていたが、それには意識を向けないようにした。
――今の夢は、なんだ。
途中まではなんてことない夢だった。ただの自分の過去。寂しい思いをした、私の過去の思い出だ。でも、最後のはなんだ。
今までの海との記憶がよみがえっていく。私は今まで海を寂しがらせないように、姉だけではなく、母であろうとした。でも。
――母親面するなよ、うざったい。
本当は海をうんざりさせていたのだろうか。そうなのだろうか。
ふと、佐々木さんと一緒にいる海を思い出した。
海は、私よりも佐々木さんと居た方がいいのだろうか。そう考えて身震いする。そんなことをしたら、私はまた一人になってしまう。
「え……?」
自分の考えに愕然とする。私は、自分が一人になりたくないから、海に優しくしていたのだろうか。本当に、海のことを考えていたのだろうか。
私は、私は、本当は何を考えていたのだろうか。