あの綿毛のように
田舎へ
街に買い物をした日から二日、今日はいよいよ佐々木さんのおばあちゃんの家に行く日だ。
前日の夜、海は何度も荷物のチェックをして、私にまで確認を求めるほどに浮き足立っていた。そういう私も、実は昨日眠れなくて少し眠い。
待ち合わせ場所はこの前買い物に来た駅ビルの正面入り口にある、四角の中を丸くくりぬいたような形のモニュメント前ということになっている。
目的地までは特急に乗って約四時間かかる。暇になってしまうだろうからいくつか小説を持ってきたけれど、この調子では寝てしまいそうだ。
待ち合わせの午前八時半よりも少し早めに着いてしまったので佐々木さんはまだ来ていない。隣では海がずっと「まだかな」とうろうろしていた。
「少しはじっとできないの」
「だってさぁ」
こんな調子だ。
十分ほど後、佐々木さんがやってきた。それを見た海はすぐさま荷物をまとめて改札へ行こうと急かし始める。
「おはよう、佐々木さん」
「おはよー。海くん、随分とそわそわしてるね」
「私もだけど、遠出なんて初めてだから」
「なるほど、それでか」
「早く早く」
「はいはーい待ってね海くん。――行こ、吉岡」
「うん」
佐々木さんはキャリーバッグを、私は押入れから発掘したボストンバッグを肩にかけて海を追いかける。海は改札の前で小さく足踏みをして待っていた。
「これ、切符」
渡された切符のうち一枚を海に渡すと、海はすぐさま改札を通り抜けた。
「あれ、海くん、そっちからじゃおばあちゃんちいけないよ?」
佐々木さんが改札を抜けた海くんを見てしれっとした顔で言う。
「え?」
海は事態を飲み込めていないようだった。
「だから、そっちじゃないって。どうするの? もう改札通っちゃって」
海の顔が見る見るうちに青くなっていく。言葉は無いけれど、先ほどとは違うそわそわした動きをし始めた。
「え、あ、う、うそ? も、こ、こっちからいけないの?」
この世の終わりだとでも告げられたような海を見ていると、さすがにかわいそうになってきた。
「佐々木さん、うそなんでしょ?」
見かねてそう佐々木さんに声をかけると、彼女は切符をもって改札を通り抜けた。
「まぁね」
そしてこちらを見てにやりと笑った。海は呆然として佐々木さんを見ていたが、数秒後に我を取り戻して、「うそ! うそついたの? こ、こっちは死ぬかと思ったのに!」と抗議を始めた。
「まぁまぁ、これで少しは落ち着いたでしょ」
「落ち着かないよ!」
「許せ、海よ」
海の頭を撫でながら佐々木さんは笑う。海は「もうしないでよ!」と言っているが満更でもなさそうだ。
また少し、胸が締め付けられるような気がした。