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たららんち
たららんち
novelistID. 53487
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あの綿毛のように

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 私の住んでいるところから、街の中央まではバス一本、大体一時間弱でいける。途中で地下鉄に乗り換えればもっと早く着くけれど、その分料金もいくらか増してしまうので普段はバスだけで行っている。
 「何買うの?」
 バスから降りて歩き始めたところで佐々木さんに聞く。駅ビルへと向かっているようだけれど、そこでは服はもちろん、靴、アクセサリー、雑貨、家具など何でも売っている。
 「サンダル買う」
 「あ、いいかも」
 「でしょ?」
 バス停から駅ビルまでものの数分。けれど、夏の暑さは遠慮なく私たちに襲い掛かってきて、否応無く汗が流れ落ちてくる。駅ビルに着くと、冷たい空気が私たちを包み込んだ。たった数分で着いたはずなのに、かなりの運動をした気分になる。
 「涼しいなぁ」
 「少し寒いくらいかもね」
 エレベーターでファッションフロアまで向かう。夏休みということもあって、フロア中に人が溢れている。まるでお祭りでもしているのかと思うほどだ。
 その中を二人で歩き回り、靴の売り場へと向かう。途中、いくつかのふりふりがついたいかにもイマドキ、というような服を見たりもしたけれど、どれも自分には合わなそうな気がしてすぐに棚に戻した。私はもう少し、おとなしい感じの服が好きらしい。
 「やっとついた」
 靴売り場は服売り場に比べると人の入りがイマイチのようだった。その分商品が見やすくてありがたい。
 「どれにしようかな」
 棚に陳列されているいくつものサンダルを見ると、思わず目移りしてしまう。
 「普通に履くだけじゃなくて水にも入るから、見た目も大切だけど丈夫なのがいいよ」
 隣の佐々木さんが、サンダルをひとつ手に取りながらそういった。キラキラとした飾りがついて綺麗だけれど、底が厚くて歩きづらそうだ。
 「そう考えると、歩きやすいものの方がいいよね」
 「そうだね」
 手に持ったサンダルを戻した佐々木さんは、あごに手をつけてうなり始めた。もう少し奥に行くと、あまり装飾の付いていないサンダルがいくつか置かれていた。そのうちのひとつを手に取る。
 そのサンダルは薄い茶色のソールの先に淡いピンクで太めの生地が左右二本ずつ、網目を作るようにクロスしている。後ろの方は、同じく淡いピンクの生地でサンダルが脱げないように固定できる造りだ。底が無駄に厚くないし、歩きやすそう。別段、壊れやすそうにも見えない。デザインだって控えめでかわいい。
 「私これにする」
 佐々木さんにサンダルを見せると、「おぉ、かわいいね。いいなぁ」と言われた。当の本人は未だにうんうんと唸りをあげている。
 それから十数分佐々木さんは唸り続けていたが、とうとう決まったのかサンダルを取ってレジへと向かった。しかし、数歩歩むとまた戻ってきて唸り始める。どうやら、相当の優柔不断らしい。
 そこからさらに十分。悩みに悩んで佐々木さんが買ったものは、オレンジ色のクロックスだった。
 「値段もそれなりだし、歩きやすいし、丈夫だし」
 そう呪文のように繰り返す佐々木さんは普段の様子とはかけ離れていて、なんだかおかしかった。
 それから私たちはいろいろとぶらついた。雑貨店ではかわいい置物や誰が使うのかわからない趣味の悪い柄のハンカチがあったし、家具売り場では佐々木さんが本棚を本気で今購入しようか悩んでいた。
 そうして気づくと時間は過ぎていて、携帯の時計は午後四時半を指していた。
 「佐々木さん、悪いんだけどもうそろそろバスに乗らなきゃ」
 「うん? もうそんな時間?」
 そういって携帯を取り出して画面を見る。
 「あ、ほんとだ。そうだね、あらかた見たし、帰りますか。――あ、その前に」
 そういうと佐々木さんは急にフロアガイドを見始めた。
 「食料品売り場は……地下一階ね。いい?」
 「え、いいけど」
 そそくさと歩いていく佐々木さんについてエレベーターに乗り込む。さっと地下一階のボタンを押すと、エレベーターは途中の階で何度か止まりながら降りていった。
 食品売り場に着くと、佐々木さんは一目散にお菓子のコーナーに向かった。そこでは洋菓子も和菓子も溢れんばかりに陳列されている。
 「海くんにおみやげ買ってあげないと」
 ショーケースに並べられたケーキを眺めながら、佐々木さんは言った。自分が楽しむだけでなく、海のことも考えていたのかと驚いた。
 「何か好物、あるの?」
 「チョコ系よりもクリーム系が好きだよ」
 「了解。これください」
 佐々木さんが買っている横で、私もひとつケーキを買う。彼女の髪と同じ、淡い茶色をしたモンブランだ。
 「はい、これ海くんに」
 「はい、これ佐々木さんに」
 すると、佐々木さんは一瞬ぽかんとしたが、すぐに持ち直して「くれるの? ありがとう」とはしゃいだ。
 「こっちこそ、ありがとう。海も喜ぶよ」
 なんだか、私よりも『お姉ちゃん』みたいだね。と思ったけれど、それは言わなかった。
 それから家に着いたのは、六時を回る少し前だった。海は漫画を読んでいた。
 「ただいま。今からご飯作るから、待ってね」
 すると海は漫画を閉じて立ち上がった。
 「……手伝うよ」
 「あ、ほんと? ありがとう。助かるよ」
 「うん」
 「そうそう、佐々木さんが海にケーキ買ってくれたよ。後で食べな」
 「姉ちゃんの分はあるの?」
 「私? 私は別にいいよ。太っちゃうもん」
 「俺も太っちゃうから、半分あげる」
 「……ありがとう、海」
 いつもはもっとうるさいくらいの海が、今はなぜだか静かだった。料理を手伝うと言うし、ケーキを半分くれると言う。
 何かあったのかと聞きたかったけれど、なんとなくその役目は私ではなくて佐々木さんのほうがいいのかもしれないと思った。
 少しだけ、胸が締め付けられるような気がした。
 
作品名:あの綿毛のように 作家名:たららんち