あの綿毛のように
二
夏休みに入ってから、佐々木さんのおばあちゃんの家に行くお盆までの間、私は特に出かけることも無く、家でのんびりしている予定だった。
海は結構な頻度で友達と遊んでいる。一度クワガタを持って帰ってきたときはどうしようかと思ったけれど、今では彼もすっかり昆虫ゼリーの虜になっている。
霧吹きでクワガタの入っている虫かごの土を湿らせていると、携帯の着信音が鳴り響いた。画面には『佐々木 空』の文字が出ている。
「もしもし」
「あ、吉岡、今日暇なら買い物付き合ってよ」
「別にいいけど。何時にどこ行けばいい?」
「一時ごろにそっち行くよ。そのままバスで街まで行こう」
「わかった。待ってるね」
さらりと用件だけを済まして電話を切ると、再び霧吹きを手にして土を湿らせる。海が午前の遊びから帰ってきたのは、霧吹きを終えた私がテーブルに伏してうとうとし始めたころだった。
「おあえり」
閉じそうになる瞼をこすり、座ったまま伸びをする。時計はもう十二時を指していた。
「ただいま。寝てたの?」
「寝てない。うとうとしてた」
「同じようなものじゃん」
「あ、ご飯用意してない! 一時に佐々木さん来るのに」
「何かするの?」
「買い物行くって。どうしよう、なんの準備もしてない」
「インスタントラーメンでいいなら、俺がしとくから準備してきなよ」
「ホント? ありがとう」
そう言うや否や、私は立ち上がって洗面所へ行く。何しろ朝起きてから顔も洗っていなかったのだ。洗顔をあわ立てていると、キッチンのほうから野菜を切るリズムの悪い音が聞こえてくる。少し不安になったけれど、ここは海に甘えさせてもらう。
顔を洗って着替えを終えると、鍋の前で菜ばしを持った海がちらりとこっちを見てきた。
「ん? なんか変?」
「いや、別に。もうすぐでできるよ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
どんぶりを持って海に渡す。ぎこちない様子で鍋からラーメンを移すのを見ていると、少しもどかしくなる。
「はいどうぞ」
「いただきます」
その場でどんぶりを受け取って、箸とれんげを取り出してテーブルまで持っていく。手を合わせ、もう一度「いただきます」といってラーメンを食べ始めた。
「どう?」
海がそわそわして聞いてきた。そして、口の中で麺をもぐもぐしている私に返事を催促する。
「おいしいよ。すっごく」
熱い麺を飲み込んでようやくそれだけを言うと、海はうれしそうに笑った。そして、「自分の分を作ってくる」と言うとすぐにキッチンへと引っ込んでしまった。
ラーメンを食べ終わって少し経つと、インターホンが家に響いた。それに応答して、小さめのバックを持つと玄関へと向かう。
「六時までには帰ってくるからね」
出かけ際にそう言うと、「わかった」という声が小さく聞こえた。