あの綿毛のように
買い物
それから夏休みまで、特に何かがあったわけでもなく時間は進んだ。強いてあげるなら、お泊りからの寝不足が祟って授業中に眠ってしまい、私が注意を受けたことくらいだろうか。その授業が終わった後、私が居眠りするひとつ前の授業で居眠りをしていた佐々木さんから楽しそうにからかわれたけれど、結局お互い様だろうと笑いあった。
「何か特別必要なものってある?」
そう私が佐々木さんに聞いたのは終業式が終わって、体育館から教室まで戻っているときだった。同じクラスの人たちは、「体育館からの帰りは静かに」という忠告を三歩歩いて忘れたのか、はたまた守る気が無かったのか、わいわいと騒いでいた。
「歯ブラシとか、個人的に必要なものは持っていったほうがいいよ」
でも、としばらく佐々木さんは考える。
「特別必要なもの、ってなると特にないかな。布団もあるし、食器もあるし」
「そう、なら忘れ物に気をつけるだけでいいか」
「あ、水着は……いらないか。ジャージとシャツでいいのかな」
「海でも行くの?」
「ううん、川だよ。おばあちゃんの家近くに流れの緩い川があるから」
「プール以外で泳ぐの初めてなんだけど、大丈夫かな」
「プールみたいなもんだよ、あの流れは」
本当にそうだろうか。経験者と非経験者では「流れが緩い」の基準が違うような気もする。けれど、何事も経験だ、チャレンジだ、と思い直す。
「ふたり、夏休みどこか行くの?」
私たちの後ろを歩いていたクラスメイトがそうたずねてきた。少し丸くて背の小さい、子犬のような女の子だ。
「そう、私のおばあちゃんちに泊まりにいくの」
「吉岡さんと?」
「私の弟もいるよ。意外?」
「なんか、二人って急に仲良くなった感じだよね」
そういわれて私たちはふと見つめあう。
「そりゃ、まぁ、私たち同じ悪いことした者同士だし」
あの屋上での二時間のことを言っているのだろう。佐々木さんはそういうと、悪そうな顔をしてこちらのほうを見てくる。
「遅刻魔と同列にしないでよ」
「あ、冷たい」
子犬ちゃんは「うふふ」と笑い、「楽しんできてね」と言うと、私たちの先を歩いていた三人グループに混ざって会話を始めた。
残された私たちは、しばらく会話もなかったけれど、おそらく考えていることは同じだったと思う。
――うふふ、って笑う人が本当にいるんだ。