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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅲ

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(第四章)ハンターの到来(6)-嘘と偽りの世界③



 美紗の目の前に、透明な袋に入ったブレスレット型の時計が置かれた。華奢なデザインのチェーンベルトに、色のついた小さなガラス玉がいくつか付いている。よく見ると、留め具の部分が壊れていた。
「この時計にも細工がないか確かめたくて、無理やり外したら、壊してしまった。修理できるといいんだが」
 美紗は、大学時代から使っている安物の時計を、不思議そうに見つめた。前日、左腕にしていたはずの腕時計が無いことに気付いたのは、自宅に帰り着いてからだった。どこで失くしたのか、そんなことを気にかける余裕もなかった。
「これが何らかの記録装置を内蔵した『小道具』だったら、取り上げれば、大抵の持ち主はそれなりの反応を示すものだ。しかし、君は無反応だった」
 不審な物を身に付けていないか調べた時に腕時計を引き抜いた、そう言って、日垣はふと話すのを止めた。壊れた時計を指し示す、大きな骨太い手。それを、美紗は身じろぎもせずにじっと見つめていた。思い出したくない感触の記憶が、身体を凍り付かせる。
「君を直接、うちの保全課に引き渡せば、私がああいうことをしなくて、済んだんだが……、」
 顔色ひとつ変えずに嘘を操ってきたはずの男は、目を伏せ、戸惑いがちに言葉を押し出した。
「不愉快な思いをさせてしまって、申し訳ない」
 詫びる声は、なぜか、ひどく誠実そうに聞こえた。それはしかし、店の中に静かに流れる物悲しい音楽と混ざり合うから、そう聞こえるだけなのかもしれない。美紗は、目の前に座る男をこわごわと見た。やや困惑の色を滲ませる眼差しは、なぜか、とても誠意に満ちているように見えた。しかしそれも、頭上のペンダントライトの落ち着いた灯りのせいで、そう見えるだけなのかもしれない。
 戸惑いと安堵が胸の中でぐちゃぐちゃに混ざり、どうしようもなかった。こらえようとしても嗚咽が漏れる。止まらなくなってしまった涙を、美紗は手で何回もぬぐった。その仕草を、日垣は黙って見ていた。窓ガラスに映る彼の顔は、子供が泣き止むのを待つ父親のようだった。