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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅲ

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「班長の比留川は、高峰が準備室の連絡員であることだけは承知している。だが、準備室のメンバーまでは知らない。他の者は一切何も知らないはずだ。勘のいい松永あたりは、知らないフリをしてくれているのかもしれないが」
 美紗は、前日の比留川の様子を思い出した。「家族の急病で欠勤した高峰の代わりがいない」と慌てていた彼は、直轄チームの面々が代役を申し出ても、歯切れ悪く断っていた。
「私が直接管理できる直轄チームは、高峰のような立場の者を置いておくには、最も好都合なんだ。ただ、準備室に関する情報は……、他のメンバーには共有させたくない」
 日垣の口調は、穏やかながら、ひどく物憂げだった。照明を落とした店の中で、伏し目がちに話す彼の周りだけが、一層暗いように見える。
「ひとつのシマの中ですら、隠し事がある。私には日常茶飯事のことだが、来たばかりの君には、私や高峰が不人情な嘘つきに見えるだろうな」
「いえっ、あの……」
 心の内をズバリと言い当てられ、美紗はびくっと体を揺らした。取りあえず否定の言葉をつないでごまかさなければ。そう思っても、口が動かない。日垣は、目を大きく見開いて狼狽する美紗を静かに見つめ、心なしか淋しげな笑みを浮かべた。
「直轄チームの佐官クラスは、調整業務で情報局外の人間とも頻繁に接触するし、上層部の連中と関わることも多い。実は、この上の連中がクセ者でね。詮索好きな奴が、意外とたくさんいるんだ。仕事上の関わりがないことでも、噂を嗅ぎつけてはいろいろ聞きまわってくれる」

 人間関係の濃密な自衛隊でやっかいな問題のひとつは、いわゆる「上下のしがらみ」だった。愚かな「昔の上官」が、「昔の部下」をつてに無意味に秘匿案件に関わり、己の権威主義的な欲求を満足させる。こういった人間は、えてして口も軽く、情報漏えいの元凶となることも少なくなかった。深刻な保全事案ともなれば、思慮の浅い「昔の上官」ばかりでなく、彼らからの非常識な要求を断り切れなかった「昔の部下」までもが、処罰されることになる。

「過去には、そういったことがきっかけで、国際的なスパイ事件にまで発展したケースもある。だから、直轄チームの面々には、対テロ連絡準備室に関わる問題に、極力接しないでいてもらいたいんだ。初めから知らなければ、バカな高官連中にいくら詮索されても、情報の漏らしようがないからね」
「それで、高峰3佐のセッションに、私が……?」
 日垣は、恐る恐る尋ねた美紗に、静かに頷いた。