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からっ風と、繭の郷の子守唄 第96話~100話

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 「指に、婚姻を示す印がありません。
 付き添いの男性の指にも、指輪は見当たりません。
 仲の良い兄弟か、清く正しくお付き合いしている間柄と、お見受けしました。
 医者は、初見で詳細に患者を観察するのが商売です。
 繊細な病気の場合、周辺環境もさりげなく観察します。
 ではまた明日、お会いしましょう」

 昨夜と同様、乾いた靴音を響かせて女医先生が、廊下を立ち去っていく。
呆気にとられている貞園と、見事に言い当てられた康平が、病室で
苦笑いを交わす。

 「どれ・・・コンビニで朝飯の調達をしてくるか。
 欲しいものであるか、貞園」

 「苦いコーヒーと、こんがり焼いたトースト。
 昨日の結果が分かるスポーツ紙と、やっぱり、おはようのキス」

 「新聞以外は、すべて却下。
 朝から、それくらいの茶目っ気があれば、本来の貞園に戻ったようだ。
 待っていろ。俺にも朝の支度がある」

 「ベッドでの戦争に備えて、シャワーを浴びるとか、
 勝負パンツに履き替えるのね。
 うふふ。男にもいろいろと準備が必要ですからね」

 「いい加減にしろ。くだらない妄想と煩悩は、もう捨てろ。
 入院に必要なものは、すべて千尋がもってくる。
 ついでに美和子へ連絡を入れておこう。会いたいだろう美和子にも」

 「全部、康平の女じゃないの。
 あれれ。いつのまにか馴れ馴れしい、呼び捨てに変わっていますねぇ。
 全員ともう、そういう(肉体の)関係ができているのかな。
 手が早いわねぇ。まったく・・・
 油断も隙もない男ですねぇ。女好きの私の兄貴は!」

 「いい加減にしないと、2度と病室へ戻ってこないぞ。
 妹の縁も、たった今から切り捨てる!」

 ペロリと赤い舌を出した貞園が、布団を引き上げて頭から隠れてしまう。
(まったく。ちょっと元気になると、すぐあの有様だ・・・
やんちゃすぎて、手に負えん)
音を立ててドアを閉めた康平が、ポケットを探り、携帯電話を取り出す。


 病院内での携帯電話は、長い間、自粛ということで規制されてきた。
自粛させる目的は、医療器具が誤作動する可能性だ。
しかし、最近になり、解除の方針をとる病院が増えてきた。
携帯電話により、医療器具が不具合を起こすという可能性は、技術的に
存在しないことが明らかになったからだ。
おおくの医療学会から、携帯電話解禁の指示が目立つようになってきた。