からっ風と、繭の郷の子守唄 第96話~100話
(いざ話そうとすると、厄介なほど厄介です。
既婚者でもない康平に、女性特有の病気のことがわかるかしら?。
康平は昔から、大雑把な性格です。
たぶん。中学の保健体育レベルの知識しか持ち合わせていないでしょう。
女の機能の話になると、まるで無知だし、無頓着だ。
まいったなぁ・・・・
ちゃんと説明できるかした、あたしに。
なんだか気分が、ずっしりと重くなってきました)
憂鬱な気分になってきた美和子前へ、突然、人の気配がやって来た。
驚いて見上げるとそこには、さきほどまで、奥の座席にいたはずの女医先生が、
いつのまにか忍び寄ってきている。
メガネの奥の目が、にこやかに笑っている。
「思い出したわよ、あなた。テニス部の後輩の美和子ちゃんでしょ。
そしてこちらが、呑竜マーケットで居酒屋をやっている康平くん。
ねぇぇ・・・・覚えているかしら私のこと。
去年の今頃。クラス会のあと、あなたのお店に乱入したわ。
大騒ぎをしたあげく、メニューに無いお茶漬けを食べさせろと
無理矢理を言った、私のことを」
「あ・・・
そういえばあの時の!。それなら今でも覚えています。
でもまさか、あのときのお客さんが、貞園の主治医とは・・・・。
たしか、夜勤明けで帰られたはずでは?」
「悪かったわねぇ、帰ったはずの人間がこんな場所に居て。
真っ直ぐに帰ったところで、寝られないもの。
ここでクールダウンしてから帰るのが、私のいつもの朝のパターンです」
「たしか・・・2年先輩の、美人キャプテン!。
はい。美和子です。
でもあれからずいぶん経つのに、よく私のことがわかりましたね」
「ふふふ。ごめんなさい。
あなたたちが入ってきた瞬間から、注目して見ていました。
病室に居るはずの康平くんが、いつの間にか身重の女性と
デートなんかしているんだもの。
見るなと言われても、嫌でも様子が目に入ります。
それに、あなたにも、どこかで合った覚えがあったもの。
何処で会ったのか、それを、ずぅ~と考えていたの」
「思い出していただけて、とても光栄です。
どう見ても先輩の様子は、このまま帰るようには見えません。
どうですか、ご一緒におしゃべりでも?」
「そのつもりで、出しゃばってきました。
いいかしら、勝手に割り込んでも。呑竜マーケットの康平くん」
「はい。僕なら、一向に構いませんが・・・」
停滞していた空気がいっぺんに変っていく。
実にタイムリーな女医先生の登場だ。
美和子の顔にも、ほっとした安堵の表情が浮かんでくる。
美和子の顔と康平の顔をじっくり見つめたあと、女医先生が2人へ、
近くに寄せるようにと、手で合図を送る。
「あんたたち。朝から、なんという不謹慎な会話をしているの。
孕み女が、あんたの子を産みたかったなどと暴言を吐くかと思えば、
こちらのうすらトンカチは、聞いているのかいないのか、
反応がはっきりしません。
盗み聞きしているこちらのほうが、恥ずかしくて、ハラハラドキドキ
しっぱなしです」
美和子が思わず、苦笑を浮かべる。
うすらトンカチと呼ばれた康平も、苦笑を浮かべたまま、女医先生を
眩しそうな目で見つめる。
作品名:からっ風と、繭の郷の子守唄 第96話~100話 作家名:落合順平