甘え
Side.A
「ん…」
目が覚めて最初に目についたのは、なぜか綺麗になっている室内。少し視線を動かせば、食卓の椅子に掛けられた誰かのジャンパーを見つけた。極めつけは、美味しそうな何かの匂い。それを認識すると、急にお腹が空いてきた。最近はゼリー飲料とかそんなのしか食べていなかったからなぁ。
「お、起きたか。具合どうだ」
カラカラと窓を開けて、思ったより寒かったなー、と言いつつ入ってきたのは園田。
…え?!ちょい待ち、確かに夢には出てきたけど、何で現実に、今俺の目の前に君がおんの?!
「?どうした、俺見てびっくりした顔して」
「い、いや、何で君がここにおんの?!」
「…お前、それわざと言っているのか?」
「は?」
「その質問、俺がここに来てから二回目」
「…はぁ?!」
仕方がねぇか…、と溜息をついた園田がこれまでの流れを一通り説明してくれている間、俺はポカンとアホ面を晒していた。
…こっちは夢やと思っとったのに、まさか現実だったやなんて。一気に恥ずかしくなるやないか…。そもそも、こんな時にどうしてこいつに会いたい思ったんや。まずそこからや。
「藍沢?」
「な、なんや」
「ボーっとしてどうした?元気になったならそれでいいけど。とりあえず、風呂入れてないだろうから、タオルで体拭いて着替えろ。その間に飯用意してやるから。…お粥でいいか?」
「…おじやがいい」
「へいへい」
注文の多い事で、と言う割には、園田は笑っている。…迷惑やない、という事やろか。だとしたら、何か得した気分やな…。
…って、なんでやねん!
お湯で絞ったタオルを用意してもらって、それで体を拭いて予備のジャージに着替えた頃には、台所からはいいお出汁の匂いが漂ってきていた。作り置きでもしておいてくれたんやろうか。
「お待ちどうさん」
「ありがとー。…んー、美味し!ありがとなー」
「気に入ったなら、それでいいさ」
あ、また笑った。それも幸せ…というか、嬉しそうに。俺以外の相手にこんな顔をしている園田は、今のところ見た事がない。俺だけが見られるんやとしたら、やっぱ何か得した気分…。
…だからなんでそうなるねん。落ち着かんかい、自分。
「飯食ったら、病院行くか。お前の保険証どこにあるか分かんねぇから、連れていこうにも連れていけなかったんだよな」
「えぇって、君にそこまでしてもらわんでも。ただの風邪やから自力で治せるわい」
「そのただの風邪のせいでぶっ倒れて大変だったのは、どこのどなたさんですかねぇ?」
「…うるさい。……しゃあないもん、レポート課題三つも四つも立て続けに投下されてみぃ!何日徹夜したと思う?!」
「それぞれの締め切り前に一晩ずつ徹夜したとして、合計四日ってところか。片付けた栄養ドリンクの瓶の本数から考えると、そんなもんだろ」
あー、やっぱり園田が片付けとか全部やってくれとったんかぁ。何か、ついでとはいえ悪い事させたなぁ。放っておいてくれたらそんでよかったんに。
「どうかしたか?」
眉間、しわ寄っているぞ。そう言ってつつかれて、自分が難しい表情を浮かべながらおじやを食べていたんだと気付く。
…それにしても。
「…園田のアップは心臓に悪いなぁ、と思ってな」
わざとらしく首を横に軽く振りながらこう言うと、本人目の前にしてその言い草はないだろ、と言い返された。
「何はともあれ、そこまで話せるようなら十分元気になりつつあるって事か。…まぁあんだけ寝ればなぁ」
「俺、園田がここに来てからどんだけ寝てたん?」
「半日以上は寝ているぞ。俺がここに来たのは、昨日の午後三時。今は、翌日の朝七時。ざっと計算して、十六時間か」
「え、じゃあ家帰らへんと、一晩中ずっと面倒見てくれとったん?!何でわざわざそこまで…」
あいつは曖昧に笑って、いいから食べろ、と言って俺の頭を優しく撫でた。その手はとても優しくふんわりしていて、普段のあいつが醸し出しているかちんこちんに硬い雰囲気とは全くの別物だった。目を細めて柔らかく、少しだけ照れたように笑うのも珍しい…。
「俺に迷惑かけたと思うのなら、今回みたいな状態にならないように努力するんだな。課題は計画的に片付ける。飯はどんだけ面倒でもまともなものを食べる。ゼリー飲料は飯じゃないからぞ。それと、体力付けろ。今回のも、課題とか溜まって疲労困憊して、それが基になって食欲とかも無くなって、結果としてバテたんだろう。そこにここ最近の冷え込みで風邪を貰った。ただの風邪でも抵抗力が落ちていたら、いつも以上に悪化して辛くなるのは当然だからな」
「…一言どころか、二言も三言も余計や。そないな事言うんやったら、もし君が風邪ひいて寝込む事があったとしても、俺は助けてやらへんで」
「随分と冷たい友人だなぁ。俺はこんなに、お前に尽くしてやっているのにさ」
「誰も頼んでへんけどな。一方的に押し付けられても迷惑や。…でもまぁ、来てくれて嬉しかったけどな?」
「…なんでそこで疑問形なんだよ」
「そこで突っ込む君もどうかと思うで…」
そんで、二人で顔を見合わせてクスリと笑った。
本人には言えへんけど、こういう時の園田は何やかんや言いつつも可能な限り俺を助けてくれる。俺もそれが分かっているからか、とことんまで甘えてしまう。弱っているからだと自分に言い訳して。その貴重な優しさに目一杯浸ってしまう。
でもまぁ、そんなのもたまにはいいかもしれんな。たまには甘やかしてもらおうか。