甘え
Side.S
あいつは、どうして俺のためにそこまで…、と首を捻っているが、恐らくその答えは俺にしか分からない。だが、俺はその答えを告げるつもりは毛頭ない。普段ならば、薄皮一枚隔てた壁の向こうで俺の隣を歩いているあいつが、こんな風に弱った時だけは思い切りよく、むしろこちらが狼狽してしまいそうになるぐらい全力で甘えてくる。それも迷子になった子供みたいな目で、表情で。俺は、それがなんだか嬉しくって、そんな甘えてくるあいつを、あいつの気が済むまで全力で甘やかしてやろうと思ってしまうんだ。…まぁ、それには俺の忍耐力とかを総動員しなきゃならんのだが。だが、そんな事は口が裂けても言えそうにない。
だが、ひとたび元気が戻ってくると途端に薄皮の向こうに戻ってしまう。すり寄っていたのに、また距離を取られてしまう。本人は無意識なんだろうが、俺にはそれがちょっと寂しい。
とはいえ、あいつは、俺が来て嬉しかった、と言ってくれた。それがもし本当に本心なんだとしたら、こっちとしても嬉しい。いつも何か誤魔化したような、ひょうひょうと世渡りしているせいで本音が捉えにくいあいつの口から出た貴重な本心なんだとしたら。
そう思うと、つい口元が緩んでしまう。こんな表情、他所では絶対見せられない。バレたら途端に、一体何があった、天変地異か、と大騒ぎされてしまう。余計な面倒事はごめんだから、精いっぱい努力して無表情を装う。でもやっぱり藍沢にはバレるらしく、なに百面相しているんだ、と怪訝そうに聞かれてしまう。
「…なぁ、今笑てるやろ。表情隠そうとしても無駄や、俺には分かるで」
ほら、な。少し不機嫌そうにこっちを見上げてくる藍沢に、何でもねぇよ、と微笑む。
「病人は大人しく寝ていろ」
「何べん同じセリフ言えば気が済むんや、君は。俺は十分寝たから、どっちかっつーと寝足りないんやのうて、寝余っているって感じや」
「なんだそりゃ。むしろ、何で俺が来るまで寝られなかったんだ?」
「…分からん。自分が消えてしまいそうで怖かったんもあるけど、ほんまの理由はよう分からん」
「…ホントに訳分からねぇな。お前、俺が来なかったらどうしていたんだ。そのまま睡眠不足のまま、夢と現実の狭間で呻き続けていたつもりか?」
せやけど、そうはならへん。これからもや。やけに自信たっぷりにこう言ってのけた藍沢は、俺の方を向いてにこりと笑う。
「だって、君はどんな時でも、俺がピンチに陥ったら助けてくれるやろ?」
…ズルい。この一言に尽きる。
でも、俺はこの関係性に甘えているのかもしれない。だったら、甘やかされてもいいかな。
この友情が長続きする限り。