【創作】「幸運の女神」
バートラムは城壁の端に立ち、領土の先を眺める。
目も眩むほどの高さだ。強い風が吹けば、転がり落ちて命を失うだろう。バートラムは足下に視線をやり、じりっと爪先を前に出す。
「危ないですよ」
背後からヴァリの声がした。振り返るより先に、相手はバートラムの横に並ぶ。
「危ないぞ」
「僕が後ろから押したら、どうしますか」
ヴァリの言葉に、バートラムは「その時は賭が不成立だな」と笑った。
「君にとっては、手間が省けるのではないか?」
「しませんよ。悪魔は死者の魂に興味を持ちません。それに、王族を手に掛けるわけにはいきませんから」
バートラムは口の端を持ち上げ、
「王の直系など、腐るほどいる。妾腹の自分が命を落としたところで、誰が気にとめようか」
「僕が悲しみますよ」
意外すぎる返答に、バートラムはきょとんとしてヴァリの横顔を見た。
「はあ? 何故だ?」
ヴァリは、ゆっくりとこちらに顔を向けてくる。いつもの笑みは影を潜め、もの悲しげな瞳がバートラムを見つめた。
『この命に代えても、あなたをお守りします。我が君』
「友人だから・・・・・・でしょうか」
そう言うと、ふふっと笑って前を向く。バートラムはあっけに取られた後、視線を泳がせて領地へと向き直った。
先王の愛人の子という立場のせいで、バートラムは貴族階級に溶け込めず、かといって平民にもなれず。形ばかりの爵位と辺境の城を与えられ、孤独に朽ちていくのだと覚悟していたのだが。
「妻は娶らないのですか?」
ヴァリの唐突な質問に、バートラムは唇を歪める。
「はっ。辺境の城と乱暴者の領主に、自慢の娘を差し出す酔狂な親がいないのでな」
「公爵の地位は、それ以上の魅力があると思いますが」
「どうせお飾りだ」
戯れに手を付けたとはいえ、王の血を引く身。先代が亡くなった時の後継者争いに巻き込まれ、信頼していた者達の裏切りを目の当たりにし、バートラムは己の血筋を残すまいと決心していた。
ヴァリはそれ以上追求してこず、代わりに国境付近に設けられた砦を指さす。
「あそこが隣国との境目ですか」
そうだ、と頷くバートラムに、ヴァリは「随分と近い」と呟いた。
「攻め込まれたら、この城などひとたまりもありませんね」
「その為の同盟だ。首都の者達も、そう馬鹿にしたものではないぞ」
だが、ヴァリは視線を隣国へと向けたまま、
「変化するのが、世の常ですよ」
「何を」
「さあ、日が沈みかけてきましたね」
日が、眩い黄金色から柔らかな橙色へと変わっていく。ヴァリはバートラムに手を差し出し、日が沈む前に一勝負どうかと誘った。バートラムはその手を取り、
「そうだな。今度こそはお前を打ち負かす」
作品名:【創作】「幸運の女神」 作家名:シャオ