【創作】「幸運の女神」
バートラムは、胸元に突きつけられた切っ先を忌々しげに睨む。
ヴァリの手を振り払い立ち上がると、服の汚れをはたきながら、
「君が悪魔だということを忘れていた。私の気づかないうちに力を使ったのだろう」
ヴァリは首を傾げ、無言でバートラムを見つめてきた。
「なんだその目は。馬鹿にしてるのか」
「言葉で否定するのは簡単ですよ、バート。ですが、あなたは信用しますか?」
その問いに、今度はバートラムが押し黙る。だが、すぐに口を開くと、
「信じる。友人の言葉を疑うことは、私の名誉を傷つける行為だ」
と断言した。
「悪魔を友と呼びますか」
「でなければ、とっくに追い出している」
ヴァリは優雅に一礼すると、正々堂々、なんの細工もしておりませんと答える。
「可愛げのない奴だな! 悪魔なのだからイカサマくらいしろ!」
「本当に面倒くさい方ですねえ」
夜、盤面の上に散らばった駒を片づけながら、バートラムはヴァリに少女の願いは何だったのかと聞いた。ヴァリは首を傾げ、「何のお話でしょうか?」と聞き返してくる。
「悪魔に魂を売った少女の話だ」
「さて・・・・・・星の数ほどありますゆえ」
バートラムは苛々した口調で、またかとこぼした。
「君は私の問いに、まともに答える気がないようだ」
「とんでもない。一度だって、嘘偽りを申したことはありません」
「どうだかな」
ヴァリは含み笑いを漏らすと、バートラムにはないのかと聞いてくる。
「何を犠牲にしても、叶えたい願いというのは?」
「ないな。悪魔に魂を売り払うくらいなら、叶わず死んだ方がましだ」
バートラムがそっけなく言うと、ヴァリは顔を逸らして、壁に取り付けられた鏡に視線を向けた。無言で見つめる様子に、バートラムも鏡へと顔を向ける。
改めて見ると、二本の曲がった角以外、彼を悪魔と証明するものはない。バートラムは、何故ヴァリは正体を隠さないのだろうかと訝しんだ。
『哀れで愚かな娘。今の姿は、お前の汚れた魂に相応しい』
『お前が愛する者に手を差し伸べられるのは、相手の魂を刈り取るときだ』
鏡の中のヴァリが、ゆっくりと口を開く。
「渇望する願いはないと・・・・・・?」
「ない。それに、私の名誉を傷つける行為だ」
「名誉が、それほど大切ですか」
鏡越しに奇妙な視線を向けられて、バートラムは居心地悪く身じろぎした。ヴァリは、再びバートラムに顔を向けると、
「決闘で、命を賭けてまで、守りたいものなのですか?」
「当然だ」
『戦場で散るのは名誉なことだ。何も悲しむことはない』
「実にくだらない」
突然、氷のような声が響く。バートラムはぎょっとしてヴァリを見た。だが、ヴァリはすぐにいつもの柔らかな口調で、
「英雄の生まれ変わりとされるあなたらしいですね、バート」
と言って小さく笑う。
バートラムの戸惑いを知ってか知らずか、ヴァリは続けて、次は平民の女性に生まれ変わってはどうだと言い出した。
「今のあなたは、王族として、男として、この世を見下ろす立場にあります。次はか弱く守られる立場から、世の中を見上げてみてはいかがですか?」
作品名:【創作】「幸運の女神」 作家名:シャオ