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【創作】「幸運の女神」

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アレスが与えてくれた生活は、ヴァリにとって夢のようだった。明るく綺麗な部屋、柔らかな寝床、温かいお湯、食べきれないほど食事。かつて両親が語ってくれた「神の楽園」とは、このことに違いない。
アレスと、綺麗な格好をした三人の女性が、ヴァリの「両親」となった。本当の両親がどうなったのか、誰もはっきりしたことは教えてくれない。だが、訊ねたときの悲しげな表情や話を逸らす様子に、ヴァリは少しずつ理解して、話題にするのをやめた。
屋敷にいる沢山の「姉」達は、慣れた様子でヴァリを受け入れる。年の近い姉から「どこの娼館にいたの」と聞かれたが、ヴァリには何のことか分からなかった。年長の姉に聞いたら、両親のことを訊ねた時のように話を逸らされたので、そのままヴァリは忘れることにする。今の幸せを壊さない為には、聞かない方がいいこともあると、幼いながらに理解していた。

ヴァリも最初は姉達のように着飾り、人形遊びに興じたりしたが、すぐに飽きてしまう。それに、ヴァリはアレスの側にいたかった。
ヴァリが馬を乗り回し、剣術の真似事を始めたのを見て、アレスは面白がって手ほどきする。アレスを喜ばせたくて、ヴァリは熱心に取り組んだ。乗馬、剣術、射撃。さらに読み書きを覚え、本を読み、知識を増やす。ゲームのルールを覚え、アレスの相手をするのが楽しかった。
乾いた大地に水が染み込むように、教えた以上のことを吸収していくヴァリ。アレスはヴァリを可愛がり、出掛ける時も屋敷にいる時も、常にヴァリを側に置いた。

それは、ヴァリが初めて剣でアレスに勝った時。アレスは笑いながら、少し残念そうに首を振って、

「お前が男だったらな」

とこぼした。その言葉に、ヴァリは手に持った剣で、躊躇いなく自分の髪を切り落とす。

「では、私は今日から男になります! わたっ、僕が、あなたを守ります! 我が君!」

ヴァリの狂気にも似た忠誠を、アレスは受け入れた。幸運の女神の名を持つ少女に最後まで寄り添うことが、彼女の両親を救えなかった自分の償いだと信じて。

その日から、ヴァリは「男」となって、アレスに付き従った。
髪を切り、膨らみ始めた胸を押さえ、男装に身を包む。
周囲からアレスの愛人と見られていることは知っていたが、アレス自身が「言わせておけ」と笑い飛ばした。それに、彼らは姉達にも失礼なことを言っている。全ての人があの方を理解出来るわけではないと年長の姉に言われ、ヴァリは周囲の戯れ言には耳を貸さないと決めた。ヴァリは影のようにアレスの側につき、アレスと家族を守ると神に誓った。



「全く、お前には手も足も出んな」

アレスは両手をあげて、ゲームの負けを認める。向かいには、柔らかに微笑む男装の女性。

「僕には、幸運の女神がついておりますので」
「おかしいな。その女神を従わせているのは、私のはずなのだが」

アレスの軽口に、ヴァリはふふっと笑った。もう一勝負だと、アレスは駒を並べ直す。

「・・・・・・次の遠征には、私も行くこととなった」
「・・・・・・そうですか」

日毎に激しさを増す戦況に、いずれこの日が来ることはヴァリも覚悟していた。だが、どうかその日が来ないでくれと、神に祈らずにはいられなかったのだけれど。
アレスは駒を並べ終わると、顔を上げて自分の左胸に手を置く。

「私が戦死したら、この痣を頼りに見つけてくれ」
「我が君、そのように不吉なことは」
「戦場で散るのは名誉なことだ。何も悲しむことはない」

穏やかなアレスの声に、ヴァリは堪えきれず涙をこぼす。

「お願いです。そのように不吉なことは口にしないでください。僕は共に行けないのですから」
「お前は自慢の息子だ、ヴァリ。お前になら、留守を任せられる。私の代わりに皆を守ってくれ」

ヴァリは拳を握りしめ、唇を引き結ぶ。自分がしっかりしなくては。この方が後顧の憂いなく出立できるように。
ぐいっと顔を拭うと、胸を張ってアレスを見つめた。

「ご武運を、我が君」



アレスが出征した後、ヴァリは朝に夕に神へ祈りを捧げる。どうかどうか、あの方をお守りくださいと。
男手のなくなった屋敷にとって、危険は戦禍だけではなかった。それらを退けるのもヴァリの役目であり、唯一の「息子」として、母や姉達を守る為に奔走する。アレスが戻る、その日を信じて。
だが、その願いはあっさりと打ち砕かれた。

アレス戦死の一報が入ったのは、ヴァリが朝の礼拝を終えた直後のこと。
自分を取り巻く世界が全て崩れたかのように、ヴァリは膝をつき、呆然と天を見上げた。

「・・・・・・何故ですか、神よ」

力ない呟きに、密やかな声が応える。

「神はそのような些事に手を貸さぬ」

影が、ヴァリに覆い被さる。朝日の中でなお、漆黒の闇に包まれたそれは、絶望の淵に立たされた者の耳に誘惑を囁きかけた。

「私なら、お前の願いを叶えてやろう」
「・・・・・・願い・・・・・・どんなことでも?」
「お前が魂を差し出すのなら」

失いかけた希望を目の前に差し出されて、何を躊躇うことがあろう。

「神でも悪魔でもいい。あの方を生き返らせてくれるなら」



作品名:【創作】「幸運の女神」 作家名:シャオ