【創作】「幸運の女神」
蝋燭の作り出す影が、ゆらりと揺れる。
バートラムは盤面の駒を片づけながら、ヴァリの語る英雄達の物語を流し聞いていた。
名の知れた者、歴史に埋もれた者。どの英雄にも、知られざる逸話がある。ヴァリの幅広い知識に感服しながら、バートラムは駒を箱に入れ、脇に押しやった。
「英雄か。私もまた、英雄アレス・ロズウェルの生まれ変わりと言われているぞ」
バートラムは服の襟を引っ張り、ヴァリに胸の痣が見えるよう体を傾ける。生まれついてから、ずっと消えない痕。
『私が戦場で命を落としたら、このアザを頼りに見つけてくれ』
「ふん、馬鹿馬鹿しい。戦のない世では、英雄も宝の持ち腐れだ」
バートラムは、椅子の背にどさりともたれ掛かった。ヴァリの顔に影がかかり、口元だけがゆっくりと開かれる。
「・・・・・・そう言えば、アレスの側にいつも付き従った少女を、ご存じでしょうか?」
「いや。やたらと養女を迎えていたことは知っているが」
「ええ、その一人です」
ヴァリが言うには、少女は他の娘達と違い、剣術や乗馬などに長けていた。ある時、アレスの「お前が男だったらな」という言葉をきっかけに、少女は男装して仕えるようになったという。
バートラムはヴァリの言葉を反芻しながら、「君とは逆だな」と口にした。
「僕と、ですか?」
「君は小柄だし線が細いから、女と言っても通じるだろう。いや、これは失言だったか」
ヴァリはふふっと笑い、「構いませんよ」と言う。
「女の姿のほうが、お好みでしょうか?」
相手の軽口をバートラムは手を振って退け、話の続きを促した。
「もうそれほど、語ることもありませんが。アレスは少女を可愛がり、常に側に置いていました。ですが、身なりを男にしようと、剣術に長けようと、やはり戦場へは連れていけません。アレスが少女を置いて出征した後、彼女は姿を消してしまいました」
ヴァリが言葉を切ったので、バートラムは首を傾げ、
「何故だ? 置いて行かれたのが、そんなに気に入らなかったのか?」
「いえ。少女は悪魔に魂を売ったのです」
さらりと言われ、バートラムは驚いて体を起こした。
「君に売ったのか?」
「いえ、僕ではない悪魔に」
「何故、そんな愚かなことを?」
バートラムの問いに、今度はヴァリが首を傾げる。
「悪魔に魂を売ってでも、叶えたい願いがあったのです」
バートラムは相手をまじまじと見てから、椅子の背に体を預けた。
「そうか・・・・・・不幸な最後だな」
「そうでしょうか」
蝋燭の炎が揺らめき、ヴァリに光と影を投げかける。二本の角が、物言いたげに光を弾いた。
「それほどまでに渇望した願いが叶うのは、幸福なことではないですか?」
バートラムは、そういうものだろうかと首をひねる。
自分には理解できない考えだ。もっとも、目の前の相手も悪魔なのだから、自分に有利なことを言っているのかもしれない。
「その少女、名はなんという?」
バートラムの問いに、ヴァリは意味ありげな視線を向けた。
『ヴァリ。お前はヴァリというのか。幸運の女神の名だな』
「さて、何という名でしたか・・・・・・我が君」
作品名:【創作】「幸運の女神」 作家名:シャオ