【創作】「幸運の女神」
盤面を睨みながら、バートラムは低い唸り声をあげる。向かいにはヴァリが涼しい顔で座っており、次の一手を催促するように首を傾げた。
「・・・・・・私の負けだ」
苛立たしげに宣言すると、バートラムは盤上の駒を払い落とす。ヴァリから手始めにとボードゲームに誘われたが、これほどの大敗を期すとは予想もしなかった。
「何にも楽しくないぞ!」
「では、僕を追い出しますか?」
駒を拾いながら、ヴァリが問いかけてくる。バートラムは乱暴に盤面を叩きながら、
「勝ち逃げは許さん! もう一度だ!」
「お望みのままに、バート」
「さあ、今夜はこれくらいにしましょうか。夜更かしは体に触りますよ」
ヴァリの言葉に、バートラムは時計を見上げて驚く。いつの間にか、すっかり夜も更けていたようだ。
「まったく、君のせいで夕飯を食べ損ねてしまった」
ぶつぶつと文句を言うバートラムに、ヴァリは駒を片づけながら笑みを浮かべる。苛立たしげに立ち上がったバートラムに、ヴァリは首を傾げ、
「楽しんでいただけましたか?」
「・・・・・・私の許可なく城を立ち去ったら、許さんぞ」
そう言い捨てて、バートラムは足音高く部屋を出ていった。
甲高い、剣戟の音が響く。バートラムは激しく突きを繰り返すが、ヴァリに涼しい顔で受け流された。こちらは息があがってきているのに、相手は顔色一つ変えない。バートラムはムキになって攻め立てた。
「そろそろお茶にしましょうか、バート」
ヴァリはそう言って、ひょいっとバートラムの足を払う。体勢を崩され、バートラムは尻餅をついた。
「お手を、我が君」
差し出された手を苛々と払って、バートラムは立ち上がる。
「その呼び方はやめろ。私は君の主ではない」
一瞬、ヴァリの視線が揺らいだ気がした。だが、すぐに相変わらずの薄い笑みを浮かべ、
「そうでしたね、バート」
馬鹿にしているのかと、バートラムはヴァリを睨みつける。
剣術では誰にも引けを取らない自信があった。だが、目の前の相手は、まるで子供を相手にしているかのような余裕すら見せている。
「・・・・・・君は悪魔だから、卑怯な手を使ったのだろう」
「では、僕を追い出しますか?」
首を傾げて聞いてくる相手を、バートラムは睨みつけた。追い払うのは簡単だが、負けっぱなしなのは自分のプライドが許さない。
「全く、不愉快な奴だ」
「それは申し訳ありません」
涼しい顔で返され、バートラムは腹立ち紛れに足下の石を蹴飛ばし、
「午後は射撃で勝負だ! 今度こそ勝ってみせる!」
「なんなりと、バート」
射撃、乗馬、狩り。
剣術に体術まで。
何で挑もうと、あっさり返り討ちにされた。
腕っ節の強さだけではない。幅広い教養と高い知性、どの執事よりも滑らかで快適な給仕。
一体、この悪魔には出来ないことがあるのかと、バートラムは舌を巻く。
日の明るいうちは剣術や乗馬で勝負し、夜はゲームに興じた。バートラムの側にはいつもヴァリが付き添い、バートラムもまた、ヴァリを片時も離さないほどだった。
最初、従者達は不意の招待客に不審な目を向けていたが、どうせ数日で追い出されるだろうと高をくくっていた。だが、気紛れで癇癪持ちの君主が、不思議な客人が来てから召使い達に当たり散らすこともなくなり、子供のようにじゃれ合っては笑っている。
今では、ヴァリが一日も長く滞在することを願う者ばかりだった。
作品名:【創作】「幸運の女神」 作家名:シャオ