【創作】「幸運の女神」
『奇妙な出来事だが、その時は大して気にとめなかった。私の血筋には血気盛んな若者が多く、毎日のように決闘を申し込み、申し込まれている。そして、彼らに泣きつかれた近親者は、私の城を訪ねてくるのだ。』
だが、奇妙な介添え人は、次の時も、その次の時も現れ、決闘を台無しにしてしまう。彼に囁かれた者は皆、魂が抜けたように負けを認めてしまうのだ。
苛立ったバートラムは、薄く笑う介添え人の前に立ち、ついてくるよう言った。
「あなたに、ですか?」
「当たり前だ。さっさとしろ」
バートラムは奇妙な介添え人の腕を取り、自分の馬車に押し込む。御者にさっさと出せと命じ、馬車はごとりと動き出した。
ガタゴトと揺れる馬車の中、バートラムは無言で窓の外を睨みつける。時折相手の様子を窺うと、奇妙な笑みを浮かべていた。まるで、子供の我が儘に付き合わされているような。バートラムは苛々しながら、視線を窓の外に戻す。
城につき、バートラムは男をせき立てて馬車から降ろした。出迎えた者達の問いたげな視線に「私の友人だ」と言い、手を振って追い払う。
バートラムは男を書斎へ追い立てると、扉を閉め相手に向き直った。
「名前は?」
「僕の、ですか?」
「当たり前だ。さっきから何だ。私を馬鹿にしているのか」
バートラムが苛立ちながら聞き返すと、相手は薄笑いを浮かべ「名も知らぬ相手を友と呼びますか」と言う。
バートラムが口を開く前に、相手はお辞儀して、
「ヴァリ、と申します。お久しぶりですね、我が君」
だが、バートラムには心当たりがなかった。
「私は君を知らない」
「どうぞ、悪魔の戯れ言に耳を傾けませぬよう」
薄笑いを浮かべている相手を、バートラムは無遠慮に眺め回す。こめかみから生える曲がった角に視線を止めたまま、「君は悪魔なのか」と問いかけた。
「ええ、見ての通りに」
「悪魔が幸運の女神を名乗るのか」
「ヴァリ」は古い神話に出てくる四姉妹の女神で、幸運を司る。どこぞの部族では、娘が生まれたときに女神の名をつけるのが習わしだとか。
だが、目の前の相手は男性であり、そもそも悪魔だという。
「お気になさらないでください。それに、周りの者には見えておりませんゆえ」
ヴァリはそう言って、自身の角を撫でる。
「皆には見えていない、と?」
「ええ。貴方様以外には」
だが、それはどうでもいいことだ。バートラムは、この話は終わりだとばかりに手を振って、
「まあいい。それより、二度と決闘の邪魔をするな」
「それが、我が君の願いなら」
ヴァリは一枚の紙片を取り出し、「では、ここに署名を」と言う。
「僕は悪魔ですから。悪魔に何かを願うなら、代償に魂を頂きます」
バートラムは一瞬ぽかんとした後、顔を真っ赤にして「ふざけるな」と声を上げた。
「悪魔と取引などしない! 失せろ!」
「そうですか。では、またお会いしましょう、我が君」
「待て」
立ち去ろうとするヴァリを、バートラムは呼び止める。
「二度と私の前に姿を現すな。分かったか?」
「いいえ、我が君。お約束は出来ません」
「何だと!?」
ヴァリはくすくす笑いながら、手に持つ紙片を振った。
「署名を。貴方様の魂と引き替えなら、どんな要望も聞き入れましょう」
「私を馬鹿にしてるのか! そのような汚らわしい取引などしない!」
「では、また決闘の場で」
くすくす笑うヴァリに、バートラムは苛立たしげに舌打ちする。だが、相手は悪魔だ。剣で突くか銃で撃つかしても、また姿を現すだろう。そしてしつこく付きまとうのだ。自分の魂を手に入れるまで。
・・・・・・ならば。
「分かった。私の魂をやろう」
意外な返答に、ヴァリは驚いたように目を見開く。悪魔を動揺させたことを愉快に思いながら、バートラムは「ただし」と続けた。
「私を満足させたらだ。君を友人として歓迎しよう。せいぜい私を楽しませろ。君を退屈だと感じたら城から放り出す。二度と私の前に姿を見せるな。だが、私を十分楽しませたら、その見返りに魂でもなんでもくれてやる。どうだ、悪い話じゃないだろう?」
ヴァリは呆気に取られたようにバートラムを見つめた後、奇妙な笑みを浮かべる。
「・・・・・・面倒くさいお方だ」
「それは、了承したということか?」
「お心のままに、我が君」
優雅にお辞儀するヴァリに、バートラムは「その呼び方はやめろ」と手を振った。
「君は私の友人なのだ。バートと呼べ。近しい者はそう呼ぶ」
ヴァリは意味ありげな視線をバートラムに向けてから、
「分かりました、バート」
「それでいい。私を楽しませてくれよ、ヴァリ」
「仰せのままに」
『こうして、彼は私の、新しい、唯一の、友人となったのだ』
作品名:【創作】「幸運の女神」 作家名:シャオ