【創作】「幸運の女神」
ルシアナは教授の背中を見つめながら、はやる気持ちを抑える。
ラーズ六世とその側近について、カスケード教授ほど詳しい人もいないだろう。そもそも、あまり熱心に研究されている人物とは言い難い。
ルシアナ自身も、カスケード教授の授業を受けるまで、バートラム・チェンバレンの存在すら知らなかった。だが、今は。
「ええと、確かこの辺に・・・・・・」
カスケード教授に気づかれないようさりげなく、ルシアナは自身の左胸に触れる。
生まれたときからある、特徴的なアザ。人目に触れるものではないし、普段はあまり意識していないのだが。
バートラム・チェンバレンも、同じアザを持っているという。
それを知ったとき、何故かこの人物について知らなければならないと、強く思った。普段なら奇妙な偶然の一致に驚き、すぐに忘れていただろうに。
「ああ、これこれ。ほら、ここをご覧」
目当ての本を見つけたカスケード教授は、ページをめくりながらルシアナを振り返る。彼女に本を差し出しながら、開いたページの文字列に指を沿わせた。
「チェンバレンの左胸には、特徴的なアザがあったらしい。このアザは、英雄アレス・ロズウェルと同じ箇所、同じ形と言われているんだ。アレス・ロズウェルは知っているね?」
教授の問いかけに、ルシアナは頷く。
チェンバレンの時代より前の貴族で、「血の月曜」と呼ばれる激戦で死亡したにも関わらず、突如生き返って敵を退けたという伝説を持っていた。
「バートラム・チェンバレンは、アレス・ロズウェルの生まれ変わりだと信じられていてね。彼の横暴さも、英雄の血が騒ぐのだろうと受け止められていたんだ」
英雄ロズウェルの生まれ変わりとされるチェンバレン。自分のアザは、彼らと何か関わりがあるのだろうか。
「アレス・ロズウェルは英雄と讃えられる一方、小児性愛者としても知られていたんだ。制圧した蛮族から気に入った少女をさらい、表向きは養女として迎える。特に大切にしていた少女は、男装させて側に置いていたらしい。その子が原因不明の病で亡くなった時は、大層な嘆きようだったらしいよ」
「えっ・・・・・・」
ルシアナが女学生らしい潔癖さを示すと、教授はからからと笑う。
「この程度で驚いてたら、身が持たないよ。当時はよくある話だったからね。もっとも、アレスが囲った少女は桁違いの人数だが」
「でも、彼は結婚していたんですよね?」
「そう、妻がいたよ。三人ほどね。けれど実子はいなかった。それもあって、養子を迎えたのかもしれないね。少女ばかりだけど」
ルシアナの戸惑いに構わず、カスケード教授は「バートラムは真逆だったけどね」と続けた。
「彼は生涯独身を貫き、浮いた噂もなかったらしい。でもね、兄弟宛に送った手紙に、一時期「ヴァリ」という名前が頻繁に出てくるんだ。この男性が公爵の愛人だったと、私は考えてる」
「男性? えっ、男性?」
「そう。男性。「ヴァリ」自体は女性名だけどね。アレスに倣って男装の麗人だったのではないかという説もあるけれど、私は、バートラムが同性愛者なのだと思うんだ。そうであれば、公爵の地位にありながら子をもうけなかったのも頷ける。この友人と交流を持っていた時期が、ちょうどバートラムの評価が180度変わった時期と一致してる。ヴァリが公爵の元にいたのは半年にも満たないが、彼の存在がバートラムに多大な影響を与えたことは確実だよ」
ルシアナは、カスケード教授の饒舌ぶりをぼんやり眺めながら、ヴァリという人物について、もっと知りたいという思いが沸き上がる。
「その、バートラム・チェンバレンが書いたという手紙を見ることって出来ますか?」
「出来るよ。ああ、ちょうどいい。明日、別の資料を閲覧する用事が入ってるんだ。手紙の写しもあるから、君も一緒にくるかい?」
「いいんですか!?」
驚いて立ち上がるルシアナに、教授は鷹揚に手を振った。
「ああ、いいとも。一人増えるくらい、大した手間じゃない。向こうには私から連絡を入れておくよ。明日、授業が終わったらで大丈夫かね?」
「はい、大丈夫です! ありがとうございます!」
作品名:【創作】「幸運の女神」 作家名:シャオ