【創作】「幸運の女神」
単身乗り込んできたバートラムを、敵方は丁寧に受け入れた。それは戦場での礼儀であり、この哀れで無謀な城主の悪足掻きを面白がる為でもあった。
「これはアンバス候。お目にかかれて光栄です」
にやにやと笑う敵方の将に、バートラムは膝をついて頭を垂れる。自分が惨めな姿を晒すほど、相手を満足させることが出来るのだから。
バートラムは哀れみを誘う声で、城を明け渡す代わりに命だけは助けてくれと懇願した。
周囲から漏れる嘲笑と、相手が鼻を鳴らすのを聞いて、バートラムはとりあえずの時間稼ぎが出来たことを確信する。彼らは哀れな捕虜を辱める為に、今すぐ手を下すことはないだろう。夜明けを待つか、上手くすれば本国に送られるかもしれない。
当てがあるわけでなかった。ただの悪足掻きにすぎないのかもしれない。けれど、バートラムは藁のように脆い希望に賭けたのだ。
相手はにやついた顔で、決まりですのでと言い、バートラムを縛り上げるよう命じる。後ろ手に縛られ、野営地の片隅にある粗末なテントに放り込まれた。剥き出しの地面に転がり、冷えた大地の感触を頬に受けながら、分の悪い賭けだったかなと考える。
それでも、城に立てこもるよりは幾分ましだ。
外のざわめきが、徐々に収まっていく。獣の鳴き声が低く細く響いた。
夜明けまで、あとどのくらいだろうか。自分が捕らわれてから、どれだけ経ったのだろうか。一瞬にも、永遠にも感じられる。
地面に転がったまま、ただ待つバートラムの耳に、密やかな囁きが聞こえた。
「何故、このように無謀なことを?」
弾かれたように身を起こそうとして、誰かに抱き留められた。開きかけた唇に、そっと指を当てられる。
「どうぞお静かに。気づかれては少々やっかいですので」
「ヴァリ」
「お叱りは後で」
背後の影が動き、戒めが解かれた。ヴァリに手を借りながら、バートラムは物音を立てないよう、そろそろと立ち上がる。
暗がりに目を瞬かせ、悪魔の顔があるはずの場所を凝視した。
不意に小さな明かりが灯り、ヴァリの顔を浮かび上がらせる。片眼鏡が光を弾き、彼の表情を覆い隠した。
「何故、このようなことを? 名誉の問題ですか?」
バートラムは口を開き、思い直したようににやりと笑う。
「私の名誉か・・・・・・実にくだらないな」
自由になった手で服の下を探り、肌身に付けていた紙片を引っ張り出した。
「私は王の血を引く者だぞ。王族とは、国家の第一の下僕であるべきだ」
署名が見えるよう紙片を持ち上げ、ヴァリの目の前に突きつける。
「契約成立だ。私の魂と引き替えに蛮族どもを追い払い、未来永劫この地に足を踏み入れさせるな」
ヴァリはじっと署名を見つめた後、契約書を受け取り、くるりと巻いて懐にしまった。
「お心のままに、我が君」
バートラムが捕らえられているテントから、黒い影がにじみ出る。
闇よりもなお暗いそれは、静かに、素早く、敵陣に覆い被さり、全てを飲み込んでいった。
悲鳴も、戸惑いも、絶望も。
作品名:【創作】「幸運の女神」 作家名:シャオ