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【創作】「幸運の女神」

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「敵襲ーーーー!」

夜陰を裂いて、兵士の叫び声が響く。あちこちで蜂の巣をつついたような騒ぎが持ち上がり、バートラムの寝室にも従者が転がり込んできた。
何事かと問えば、同盟関係であるはずの隣国の兵が、この城を取り囲んでいるという。
バートラムの脳裏に、ヴァリの横顔と声が蘇った。

『変化するのが、世の常ですよ』

バートラムは言葉を飲み込んで、着替えを、と従者に言いつける。
寝間着を脱ぎ捨て、もどかしげに衣服を身につけると、足早に寝室を飛び出した。
廊下では、怯えた召使い達が右往左往するのに混じって、武装した兵士達が走り回っている。バートラムは途中で自身の書斎へと向かった。
急かす従者を無視して、机の引き出しから一枚の紙片を取り出す。それは、ヴァリが差しだした「契約書」。バートラムは乱暴に署名すると、肌着の下へ無造作に押し込んだ。


広間で周囲に指示を飛ばしていた兵隊長が、バートラムに気づいて駆け寄ってくる。彼が告げた状況は想像以上に絶望的で、相手が周到に用意した結果だと、バートラムは理解した。
完全に包囲され、援軍を呼ぶ術もない。決死の覚悟で出立した伝令は、あっけなく捕らえられたという。
隣国との国境間近とはいえ、相手は同盟国。そして、城主のバートラムは、王の血筋とはいえ妾腹の子だ。いくらでも替えはいる。この城に兵力を割く理由などなかった。

この城に押し込められた時から、覚悟していた。
だが、それは王族達の都合でしかない。

兵士達の向こうで、怯えた顔の従者達が壁に張り付いていた。力のない彼らは、自分の命運を他者に託すしかない。己の預かり知らぬところで平穏を奪われる理不尽を、黙って堪え忍ぶしかないのだ。
彼らと、以前目にした領民達と、かつての自身が重なる。自分は一度だって、王位を望んだことなどないのに。

既に覚悟を決めた表情の兵士達に、バートラムは頷いて、「私が行こう」と告げた。

「どうせ奴らにとって、ここは通過点にすぎん。無駄に足止めを食らうより、さっさと通り過ぎたいのが本音だろう。城を明け渡すと言えば、喜んで食いつくだろうよ」

周囲は一瞬あっけに取られ、直ぐにざわめき出す。武勇を誇る主君が、無抵抗で降伏するというのだ。天地がひっくり返ってもあり得ない。

「ですが!」

抗議の声を、バートラムは手を挙げて遮った。ざわめく兵士達を睨みつけ、腰に手を当てて胸を反らせる。

「お前達は、私を誰だと思っている? アレス・ロズウェルの生まれ変わりと言われた私が、ただ黙って処刑されるとでも?」

その迫力に、周囲はしんと静まりかえった。バートラムは続けて、「夜明けを待て」と言う。

「夜明けと共に、私はこの城に戻るだろう。そしてお前達は知るのだ。自分が、どれほど偉大な城主に仕えていたかをな」



作品名:【創作】「幸運の女神」 作家名:シャオ