【創作】「幸運の女神」
バートラムは、一向に戻ってくる気配のないヴァリに苛立ち、不安を覚える。もう戻るつもりはないのだろうか。賭けはどうなるのか。自分の魂を手に入れたがっていたのではないのか。
謝罪の機会すら、与えてもらえないのか。
一縷の望みは、ヴァリが決闘の立会人として現れるのではないかということだった。初めて彼と会った時のように。
だが、約束の時間、約束の場所に現れたのは、全くの別人だった。バートラムは失望を隠そうともせず、気のない様子で決闘相手を見る。
いきり立った相手のつたない剣裁きなど、気晴らしにもならなかった。ヴァリの足下にも及ばない相手に、バートラムはため息をつく。
何の高揚感も満足も得られぬまま、バートラムは相手を翻弄し、地面に転がして、さっさと剣を納めた。
止めを刺せと喚く相手に冷めた視線を向け、他を当たってくれと一蹴する。
ただ、ヴァリに会いたかった。会って謝罪したかった。また友人として戻ってきてくれるなら、魂を差しだしても良いとさえ思うほどに。
だが、ヴァリは戻ってこなかった。
憔悴しきった様子の主を見て、召使い達もさすがにただ事ではないと悟る。いくら癇癪持ちの荒くれ者でも、長年仕えてきた相手だ。いつもの調子を取り戻してもらおうと、あれこれ手を尽くす。だが、バートラムは力なく手を振って彼ら退けると、部屋にこもりきりになるのだった。
ある日、バートラムは、良い天気ですからと強引に馬に乗せられ、領地を見て回ることになる。活気に溢れた市場、田畑で汗を流す領民達。皆、バートラムが姿を現すと仕事の手を休め、頭を下げた。心此処にあらずといった様子で、バートラムは人々の暮らしを眺める。
着飾った者、ぼろをまとった者。太った者、痩せた者。若い者、年取った者。人々の群に混じる獣達。飼われるもの、売られるもの、自由を謳歌するもの。これほど雑多な集まりを見るのは初めてだった。バートラムは、いつしか目の前の光景に引きつけられる。
『次はか弱く守られる立場から、世の中を見上げてみてはいかがですか?』
彼らが見上げる世の中は、どのような姿をしているのだろう。バートラムは、ぼんやりと考えた。
作品名:【創作】「幸運の女神」 作家名:シャオ