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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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切れない鋏(番外編)9.紗弥の章 ハロー、ブルーバード

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 空間を遮断するように手を伸ばすと、紗弥は結婚祝をかっさらっていった。

「ええっ、売るってどこに?」

 そう言ったのは武ではなく、綿谷だった。厨房に向かおうとしていた紗弥がふりむいて言う。

「ネットオークションに出すの!」
「そんな呪われた結婚祝、買う奴なんているのかなあ」

 武が横やりをいれると、紗弥はかみつくようにして言った。

「熨斗は剥がすに決まってるでしょ。人気のあるブランドなんだから、即売よ」

 人気のある、を強調していうと、紗弥は厨房の中へ消えて行った。奥には従業員用の休憩室と鍵のかかる事務室がある。そこでさっそく出品するつもりなのだろうか、と考えながら綿谷を見ると、彼も苦笑していた。

「じゃあその売り上げ分で、今夜はごちそうでも作ろうか」
「いや、夜は空けときたいんで」

 綿谷の提案にそう答えると、彼は意表をつかれたように笑った。

「聞くだけ野暮だったね。早く知らせてあげなよ」

 武がゆっくりとうなずくと、他の客が入店してきた。綿谷は営業モードの笑顔で「いらっしゃいませ」と声を上げる。厨房の奥からも紗弥の声が聞こえる。常連客なのか、綿谷は二、三会話を交わしたあと注文は聞かずにコーヒーを淹れ始めた。

 その後も途切れることなく入店する客を眺めながら、武は携帯電話を操作した。

 いいことのあとには悪いことがある――そんな考えはもう止めなければ、と武は思った。

 幼い頃の紗弥と別れたあの日、喫茶店で幸せそうに働く紗弥の姿など想像できなかった。音楽は歌う程度で、トランペットの存在も知らなかった。心を温めてくれる家族や、肩を貸してくれる仲間がいることも知らなかった。

 何度人生に絶望しても、生きるしかなかった。這いずるようにして生きてきた先に、わずかな光があった。手にしては消え、失望しては見え、ようやくここまで歩いてくることができた。

 日曜の和やかな朝の喧騒の中、武は通話ボタンを押す。きっと今頃、弦楽器工房に着いてリペアの準備をしているだろう。

 未来はこの手にある。夢はまだその先にある。彼女と歩く未来は、きっと光に満ちている――

                             (おわり)