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からっ風と、繭の郷の子守唄 第91話~95話

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 青ざめている顔が、事態の深刻さを物語っている。
「助ける?。どう言う意味だ」咄嗟に康平が、前掛けを外す。

 「真っ青になって、突然、倒れちゃったの。
 呼吸も荒いし、意識が朦朧としているのよ。
 ママが救急車を呼んだけど、お願い。康平くんも、急いで応援に来て!」

 急かされるまでもなく、康平が脱兎のごとく飛び出していく。
開け放たれているスナック『由多加』のドアから、救急車の到着を待っている、
客たちの、緊迫した顔が並んでいる。
陽子ママに支えられて、荒い呼吸を繰り返している、青い顔の貞園が見える。
ママの手には、紙袋が握られてる。
過呼吸に有効な手段とされている、ペーパーバッグ法の準備中だ。

 「たぶん、突発性の過呼吸だと思います。
 紙袋を使い、呼吸を繰り返させるという従来の処置方法は間違っていると、
 このあいだテレビで反論があったけど、有効な手立てが
 他に見当たらないもの。
 とりあえずこれで、対応しましょう」

 「・・・・大丈夫か、貞園!」

 「過呼吸と、無呼吸をくり返しているため、意識がモウロウとしているのよ。
 でも、たぶん大丈夫だと思う。
 念のため救急車を呼んでおいたから、早めに病院で見てもらったほうがいい。
 過呼吸発作は常習化をすると、あとで厄介になりますから。
 安心しな。過呼吸は、若い女性に特に多い発作だ。
 後遺症や、死ぬ心配まではないけれど、心の病と一緒で、
 なかなか完治しないこともある」

 数々の修羅場をくぐり抜けてきた経験を持つ、陽子ママは
さすがにこの場でも冷静だ。
紙袋を千尋に渡すと、すぐさま、立ち尽くしている康平へ指示を出す。

 「救急車は狭すぎるから、この路地まで入って来れない。
 隊員が駆けつけてくる前に、途中まで、こちらから運んだほうが早い。
 みんな。救急車のサイレンは聞こえてきたかい?」

 「おう、聞こえてきたぞ。
 たぶん、あれは、アーケード通りの北方向の入口だな」

 「北の入口だね。
 じゃ早速、貞ちゃんを運んでおくれ、康平。
 この期におよんで、なにを赤くなっているんだよ、あんたという人は。
 ラブシーンを始めるわけでもあるまいし、ただ病人を運ぶだけのことだろう。
 此処に集まっているのは年寄りばっかりだ。
 口は達者だが、いざという時にはなんの役に立たない、ポンコツばっかりだ。
 お姫様抱っこでも、背中へ背負うのでもどっちでもいいから、
 さっさと貞ちゃんを運ぶんだよ。
 ほら千尋ちゃんも、ボヤボヤしないで、手伝って!」

 テキパキした陽子ママの指示のもと、紙袋を持った千尋が傍らへ寄り添う。
貞園を背負った康平が、弁天通りのアーケード北の出口へ向かって、
小走りで駆け出していく。

 「康平。
 お前のお店は、あたしが閉めておくから、介抱を頼んだよ。
 ドスケベの光太郎へ連絡したところで、根っからの遊び人のアイツのことだ。
 何処で何をしているもんだかわかったもんじゃない。
 こんな時こそお前さんだけが頼りだ。
 たまには男らしいところを見せてやれ。
 わかったね。康平。頑張るんだよ、頼んだよ!」

 アーケード通りに姿が消えるまで、路地道の真ん中で仁王立ちした
陽子ママが、救急車のサイレンより遥かに大きな声で、康平にいつまでも
応援のエールを送り続けている。