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からっ風と、繭の郷の子守唄 第91話~95話

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 光太郎氏は高校を卒業後、大手の家電メーカに勤めた。
群馬県東部の特産品のひとつ、『大和芋(やまといも)』の冷蔵保存のため、
画期的なアイデアを提唱したことが、転身のきっかけを作る。
大和芋の収穫は12月からはじまり、翌年の2月末で終わる。
次の収穫期がやってくるまで、芋の鮮度と味を落とさず保存し続ける事が、
大和芋農家の生命線になる。

 大量の大和芋を、一年間保存するための大型冷蔵庫はきわめて高価だ。
農家が手を出せる代物ではない。
幸太郎氏が、そこに目をつける。当時、幸太郎氏が籍を置いていたのは
冷凍・冷蔵器の部門だ。

 アイデアは、プレハブの小屋へエアコンを取り付けることだ。
24時間、連続で運転することで、3°での保存状態を可能にした。
このアイデアは、大和芋農家から大絶賛を受ける。
エアコンの付いたプレハブ小屋が、ヤマトイモ農家に普及していく。
こうして事業の基礎を築いた光太郎氏が、ここから大手家電メーカーの
下請け業者たちを統括する『下請け協力会』の、会長役にまで登りつめていく。

 光太郎氏は昔から『やり手』だ。
トップクラスという受注能力を持っている。
金と労力を惜しまない接待攻勢は、群を抜いている。
『英雄色を好む』『女遊びは男の甲斐性』を地で行く光太郎氏に、
女の噂は尽きない。

 貞園と長年の愛人関係にありながら、第2夫人や第3夫人といった
噂が、あと絶たない。
光太郎氏の女好きは、業界でも有名だ。
愛人関係が続く中。いつしか貞園自身も捕われの身になっている。
不自由な立場に置かれたまま、ただただ毎日、愛人の生活をつづけている。

 「康平くん」

 久しぶりに千尋がやって来た。
懐かしい顔が、表から店の中を覗きこむ。
「貞ちゃんに呼ばれたの。これから、スナック『由多加』へ行ってきます。
帰りに寄りますから」と、
小声で囁いてから、そのまま戸口でバイバイと手を振っている。

 「気をつけて行っておいで。
 と言ってもここから5~6軒の先の店だ。
 2人で大騒ぎをすると、ここまで全部、筒抜けになるぜ」

 「それがねぇ・・・少し元気がないのよ貞ちゃんが。電話でも。
 変な胸さわぎを感じるし、『由多加』で飲むというのも変でしょう?」

 「元気がない?」康平も、ふとした胸騒ぎを感じる。
最近の貞園からは、同じように、元気のない様子を感じるからだ。
「なるべく早めに戻ってきますから」笑顔を見せて、千尋が路地の奥へ消えていく。
千尋の背中を見送っている康平の胸に、何故か嫌な予感が走る。


 (貞園はいつも快活に、鷹揚に振る舞う。
 周りは明るい人だと誤解しているが、あいつはもともと、
 ガラスのように壊れやすい。ホントはとても繊細な女の子だ。
 本音を表面に出せず、やせ我慢していることがおおい。
 そのへんが、貞園の泣き所だ。
 今夜あたり、何か事件でも起こらなきゃいいが・・・・)

 不安を感じたまま康平が、入口を閉めてカウンターへ戻る。
この時の康平の不安が、ものの見事に的中してしまう。
30分も経たないうち、呑竜マーケットの路地で大騒動が始まる。
激しい足音とともに、最初に姿を見せたのは、あわてふためいている千尋だ。

 「康平くん。貞ちゃんが大変!。助けて。早く来て、お願い!」