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からっ風と、繭の郷の子守唄 第91話~95話

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 秋物ゴルフウェア姿の貞園が、康平の店へ顔を出した。
店を開けようとしていた康平が、貞園の手首を見つめて思わず立ち止まる。
左手首に、巻かれたばかりと思われる白い包帯が光っている。
(まさか!、悲観してのリストカットか、もしかして・・・)

 本妻との離婚が成立したばかりの光太郎氏は、その後の身の振り方について
一向に明らかにしていません。
しかし。先日聞いたばかりの幸太郎の噂が、康平の脳裏を横切っていく。
やり手の家電量販店の社長の話だ。

 前橋市に誕生した小さな町の電気屋が、家電量販時代の波に乗る。
あの手この手の営業戦略を駆使した結果、店舗数を
じわりじわりと増やしはじめる。
全国的に展開をしていこうという野望さえ持ち始める。

 家電量販店のやり手社長は、幸太郎氏より2つ年上だ。
その社長には、妹がいる。
早々とバツイチとなった美しい女性だ。
このバツイチ女と幸太郎氏には、遺恨めいた話が残っている。

 別の女性と結婚した光太郎氏に未練を残しながら、好きでもない男に嫁いだ。
と、巷でおおいに噂をされた。
それを証明するかのように、一年も持たず、この女が離婚してしまう。
この女性の存在こそが、今回の幸太郎の離婚の背景にあると、
まことしやかなうわさが、飲み屋街を飛び交っている。
幸太郎氏との結婚を夢見ていた貞園にしてみれば、思いがけないところで、
強力なライバルが浮上したことになる。

 「お前。まさか、その手は・・・・」

 悲観した貞園が、リストカットをやらかしたと、康平が早合点する。
『ああ、これ?』と、自分の左手首を見つめて、貞園が鼻で笑う。
ヒョイと持ち上げた手首を、バイバイでもするかように左右へ振ってみせる。
しかし。押し寄せてきた痛みに『駄目だ』と、顔をしかめる。

 「そういう小細工で、パパに揺さぶるという方法もあったのか・・・・。
 でも振り向かせるために小細工を使うのは、私の流儀じゃありません。
 落ち着かない毎日を送ってはいますけど、事態はそれほど深刻じゃないわ。
 康平こそ、真夏は過ぎたというのに、見るからに真っ黒けじゃないの。
 毎日何してんのさ。最近はほとんど遊んでくれないと、
 千尋ちゃんが泣いています」

 「リストカットじゃなかったんだ。よかった、俺も安心した」

 「話をそらさないで。
 変な心配なんかしないでよ。手首なんか切りません。私は。
 腱鞘炎で痛むから、湿布して包帯をまいているだけです。
 悪かったわね。リストカットもできないほど強情で、情けない女です。
 それより、さっきの質問に答えなさいよ。
 最近、男どもでなにやらこそこそと、始めているでしょう。あんたたち」

 「野菜を作っていない畑で、園芸クラブをたちあげた。
 ただ、それだけのことさ。」

 「怪しいなぁ。
 赤いトラクターが、毎日、畑の中を駆け回っています。
 高所作業車を動員して、朝から晩まで大騒ぎしていたと聞いているわ。
 なにやら尋常でない作業を始めたようだと、千尋ちゃんから聞いています」

 「もう嗅ぎつけたのか、早いなぁ。
 畑で、3000本の桑の苗を育て始めた。ただそれだけのことだ」

 「桑の苗?、なんのために?」

 「決まっているだろう。畑で桑を育てるためだ」

 「いまさら桑なんか育てて、どうするの?」

 「蚕に食わせるためだ。決まっているだろう、それ以外に何が有る」